第1章 症状と治療法
本章ではパーキンソン病(Parkinson’s disease:PD)という病気に認められる主な症状と治療法について取り上げます。
- PDとは
- PDは種々の運動障害と自律神経症状を特徴とする疾患です。
- 病理学的には第2章で述べるように、中脳の黒質にある神経細胞が進行性に脱落しドーパミンという伝達物質が脳の中で不足します。
- 日本では人口10万人当たり約100人にみられ、男女差はなく、50歳〜60歳台以上の高齢者に発症することが多いのですが、40歳未満で発症することもあります。
- その多くは孤発性で原因は不明ですが、加齢や環境因子、遺伝的因子など複数の要因の関与が推定されています。稀に遺伝性のPDも認められます。
- PDに認められる症状
- 運動障害
振戦(しんせん)、固縮(こしゅく)、無動(むどう)、姿勢反射障害が認められます。振戦は手足や首、顎、唇、舌にみられる粗大な振るえで、安静時に認められます。睡眠時にはこの振るえは止まります。固縮は関節を曲げたり伸ばしたりする際に筋肉に硬さが認められることをいいます。無動とは動きがゆっくりで体を動かすのに時間がかかり(動作緩慢)、自動運動が少ないことをいいます。さらに、PDでは歩行は前かがみで、腕の振りが少なく、小刻みとなります。また、歩行を開始しようとすると足が前に出なくなること(すくみ足)や前方に倒れそうになる歩行(加速歩行)も認められます。
- 自律神経症状
PDでは高頻度に種々の自律神経症状が認められます。例えば、便秘、嚥下困難(物が飲み込みにくい)、排尿障害(尿の回数が多いなど)、起立性低血圧(立ちくらみ)、発汗亢進、陰萎などが認められます。
- 痴呆・精神症状
PDでは軽度の痴呆を呈したり、うつ状態を伴うことが稀ではありません。
- 治療法
PDの治療法には薬物治療と外科的治療があります。薬物治療の代表がL-ドーパという薬の投与であり、症状の改善に有効です。しかし、L-ドーパによる治療を開始してから数年たつと効果の持続時間が短くなったり、手足や体をくねらせるような動きが出現することがあります。薬物による治療が十分でない場合には外科的治療(定位脳手術や脳深部刺激療法)が行われることがあります。
◆第2章 神経病理学的所見
本章ではPDに認められる病理所見について取り上げます。
- 脳の肉眼所見
PDでは脳の外表には病的な変化は認められませんが、脳幹の内部に特徴的な変化が認められます。正常の大人の脳では、中脳の黒質(こくしつ)という場所と橋の青斑核(せいはんかく)という場所が黒く見えます。一方、PDでは黒質と青斑核は黒褐色の色を失っています(図1)。
- 組織学的所見
- メラニン含有神経細胞の脱落
黒質と青斑核が黒く見えるのはこの部分の神経細胞が神経メラニンという色素を持っているからです。PDではメラニンを持った神経細胞の脱落が高度なため黒質と青斑核の色が淡く見えます(図2)。黒質のメラニン神経細胞はドーパミンという伝達物質を含み、青斑核の神経細胞はノルアドレナリンという伝達物質を含んでいます。したがって、PDの脳の中ではこれらの伝達物質が減少するため第1章で述べた運動障害を呈するのです。
- レビー小体の出現
PDの黒質や青斑核では神経細胞の胞体内に円形で周囲が白く抜けてみえる封入体が認められ、レビー小体(Lewy body)と呼ばれています(図3)。レビー小体は神経細胞の胞体内に加え、突起の中(その多くは軸索)にも形成されます。電子顕微鏡ではレビー小体は異常なフィラメントの集合として認められます(図4)。レビー小体はPDの黒質および青斑核では100%の症例に認められ、さらに視床下部、マイネルト核、迷走神経背側核、脊髄中間質外側核、末梢交感神経節、内臓自律神経系にも高頻度に認められます。PDでは中枢神経系における自律神経核や末梢自律神経系にレビー小体が出現するため第1章で述べた自律神経障害を呈するのです。
大脳皮質にも少数のレビー小体が認められることがあります。このレビー小体を皮質型レビー小体と呼んでいます。皮質型レビー小体が大脳皮質に広範かつ多数認められる場合があり、そのような例では痴呆や精神症状が目立つためレビー小体型痴呆と呼んでいます
第3章 最近の研究の進歩
本章ではPDに関する最近の研究の進歩について取り上げます。
- 家族性PDにおける原因遺伝子の同定
PDはごく稀に家族性に起こることがあります。1997年にイタリアとギリシャに起源を有する家族性PDにおいてαシヌクレイン遺伝子が原因遺伝子として同定されました。この遺伝子異常はその後ドイツの家系でも報告されましたが、現在まで日本の家系での報告は認められません。なお、PDの大部分を占める孤発例では?シヌクレイン遺伝子に異常は認められません。
- レビー小体の構成成分としてのαシヌクレイン
上記のイタリアに起源を有する家系では孤発性PDと同様にレビー小体が出現することが剖検によって確認されていました。そこで、次にαシヌクレイン蛋白がレビー小体に存在するか否かに関心が向けられました。そして、?シヌクレイン蛋白は遺伝性、孤発性を問わず、すべてのレビー小体に存在していることが明らかにされました(図5)。さらに1998年には、脊髄小脳変性症の代表である多系統萎縮症という病気に特異的に出現するグリア細胞内封入体が?シヌクレイン陽性であることが報告されました。これより、レビー小体の出現する疾患(PDならびにレビー小体型痴呆)と多系統萎縮症を合わせ、シヌクレイノパチーという新たな疾患概念が誕生しました。
これまでレビー小体にはニューロフィラメントやユビキチンなど数多くの物質の存在が報告されてきましたが、このαシヌクレインという蛋白はレビー小体を構成する異常フィラメントの形成に関与する分子として注目を集めています。
- PDの動物モデルの開発
近年、ヒトに見出された遺伝子の異常をマウスやラットに組み込むことにより(遺伝子改変動物)、ヒトに認められるのと同様の病変や症状を再現することができるようになりました。この方法を用い、レビー小体によく似た封入体が形成され、運動異常を示すマウスが作成されています。これらの動物モデルを用いPDにおける病態メカニズムの解明ならびに根本的治療法の開発に向けた研究が行われています。
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