第1章 症状と治療法
- レビー小体型認知症とは
レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies: DLB)は、1995年の国際ワークショップで初めて提唱された名称で、疾患概念とともに臨床・病理診断基準が作成されました。DLBを簡単に定義すると、主として初老期ないし老年期に発症し、進行性の認知機能障害に加えて、パーキンソニズムと特有の精神症状を示す変性性認知症疾患です。病理学的には、大脳と脳幹の神経細胞脱落とレビー小体(Lewy body)の出現を特徴とし、パーキンソン病(Parkinson's disease: PD)と共通点をもっています。従来のびまん性レビー小体病(diffuse Lewy body disease: DLBD)を含むがより幅の広い概念であり、老年期の変性性認知症疾患ではアルツハイマー型認知症(Alzheimer-type dementia: ATD)に次いで2番目に多いとされています。
臨床診断に基づく信頼しうる疫学的報告は少なく、認知症患者の10%〜30%と頻度に幅があります。一方、剖検例に基づく報告では、10数%〜20数%の頻度となっています。性差では、男性に多いという報告がみられます。年齢的には、多くは50歳〜70歳台に発症しますが、最近では80歳以降の発症の報告も多く、稀ですが30歳〜40歳台に発症することもあります。
- 臨床診断基準と臨床症状
DLBの臨床診断基準(表)では、進行性の認知機能障害が必須症状であり、これに加えて、中核症状として認知機能の動揺、幻視、パーキンソニズムの3つがあり、このうち2つあればprobable DLB、1つあればpossible DLBと診断します。
必須症状である進行性の認知機能障害は記憶障害で始まり、ATDと異なり、初期には記銘や記憶の保持に比べて記憶の再生障害が目立つとされていますが、進行するとATD と区別し難い記憶障害や失見当識、健忘失語を呈します。DLBでは注意障害、視覚認知障害、構成障害が強いのも特徴で、他の認知機能と比べて不釣合いな遂行能力や問題解決能力の低下となって現れます。
中核症状としての認知機能の動揺は、初期に目立つことが多く、茫呼とした状態、日中の傾眠や覚醒時の混乱がしばしばみられますが、せん妄との区別が難しいことがあります。
精神症状としては、反復性に現れる幻視が特徴的で、中核症状とされています。典型的なものは人物や小動物の幻視で、しばしば不安感を伴い、夕方や薄暗いときに多くみられます。幻視以外の精神症状として、錯視や人物・場所の誤認も多くみられます。また、抑うつ状態が初期にしばしばみられることも特徴です。被害妄想もみられますが、多くは幻覚や誤認から生ずる二次性妄想です。
中核症状の1つであるパーキンソニズムはDLBに必須ではなく、ほとんどみられない場合もあります。DLBのパーキンソニズムは、寡動と筋固縮が主体で、安静時振戦は末期まで目立たないことがあります。
この他、これらの症状に年単位で先行して、夜間睡眠時に悪夢を伴う大声や体動を示すREM睡眠行動異常が高い頻度でみられます。また、PDと同様に、起立性低血圧、尿失禁、便秘などの自律神経症状もしばしばみられます。
- 薬物療法
DLBの薬物療法は、ATDと同様に現在根本的な治療法はなく、臨床症状を改善し、進行を予防することを目的とした対症療法です。必須症状である認知機能障害に対する薬物療法、中核症状である幻視やパーキンソニズムなどに対する薬物療法があります。
認知機能障害に対しては、DLBでは大脳のアセチルコリン濃度がATD以上に低下していることが報告されており、ATDに用いられているアセチルコリン・エステラーゼ阻害薬がDLBの認知機能障害にも効果的であると考えられ、欧米を中心に有効性が報告されています。本邦で発売されている塩酸ドネペジルでの報告も増えています。
アセチルコリン・エステラーゼ阻害薬は、DLBにみられる幻視などの精神症状にも有効であることが報告されています。塩酸ドネペジルで幻視や妄想などの精神症状が改善したとの報告が多くみられ、認知機能障害と精神症状の両方の効果を期待して投与します。また、DLBの精神症状に対しては、パーキンソニズムを悪化させにくい非定型抗精神病薬が用いられるようになり、リスペリドン、フマル酸クエチアピンなどの少量投与がなされます。しかし、非定型抗精神病薬といえども錐体外路症状の増悪や過鎮静もたらすことがあり、使用には注意が必要です。
パーキンソニズムに対しては、PDに準じ、症状の程度に応じてドパミン作動薬やレボドパを用いますが、PDと比べて効果は一定でないとされています。レボドパは、精神症状の悪化やせん妄に注意しながら少量から漸増して投与します。レボドパは初期には奏効することがありますが、末期に進行する四肢・体幹の筋固縮に対してはほとんど効果がありません。
DLBでは、認知機能障害とパーキンソニズムの増悪に伴い、経過はPDやATDに比べて早く、一般に予後がより不良です。各々の臨床症状の改善を目的とし、症状の程度に応じてこれらの薬物療法を併用します。
第2章 神経病理学的所見
- 脳の肉眼所見
DLBでは、ATDと同様に海馬領域を含む側頭葉内側部の萎縮がみられますが、ATDと比べて軽度です。この他、前頭葉萎縮や進行するとびまん性大脳萎縮を示しますが、一般にATD程高度とはなりません(図1)。脳幹では、PDと同様に、中脳の黒質や橋の青斑核の黒褐色の色調が程度の差はあれ失われます。
- 組織学的所見
脳幹では、PDと同様に、黒質や青斑核などで黒褐色のメラニンをもった神経細胞が脱落しており、臨床症状のパーキンソニズムの原因となります。また、大脳では、萎縮した海馬領域や扁桃体を含む大脳辺縁系を中心に、神経細胞の脱落がみられ、認知機能障害の原因と考えられます。
黒質や青斑核などでは、神経細胞の胞体内にPDと同様のレビー小体が認められます。レビー小体は、延髄の迷走神経背側核や間脳の視床下部やマイネルト核、さらに末梢交感神経節や内臓自律神経系にも分布しています。
一方、DLBでは大脳にもレビー小体がみられるのが特徴であり、扁桃体や大脳辺縁系皮質、さらに大脳新皮質にまで広く分布しています。これらのレビー小体は、脳幹や間脳の脳幹型レビー小体と比べて境界が不明瞭であり、皮質型レビー小体と呼ばれます
(図2)。DLBにみられる認知機能障害や精神症状は、大脳辺縁系のレビー小体の出現に関連していると考えられます。後述するα-シヌクレイン免疫染色では、レビー小体とともに樹状突起や軸索由来のレビー小体関連神経突起が認められ、電子顕微鏡により同じ成分よりなることが判っています(図3)。
また、DLBでは多くの場合、ATDにみられるアミロイド沈着や神経原線維変化を程度の差はあれ伴っていることが多く、これも認知機能障害を悪化させる原因となっています
(図4)。
DLBの病理学的診断基準では、レビー小体の分布により、DLBを脳幹優位型、辺縁型、新皮質型、の3型に分類しています。
第3章 最近の研究の進歩
- 機能画像所見と精神症状
DLBでは、頭部CTやMRIなどの形態画像では特異的所見がありませんが、脳SPECTやPETなどの機能画像では、臨床診断の裏付けとなる特異的所見が得られます。ここでは、ATDにみられる側頭・頭頂連合野や後部帯状回に加えて、後頭葉に広範に血流低下や糖代謝の低下がみられ、ATDとの鑑別に役立ちます(図5)。また、MIBG(meta-iodobenzyl guanidine)心筋シンチグラフィーでは、交感神経節後線維の変性を反映して、PDと同様の心筋への取り込みの低下がみられます。
- レビー小体の構成成分としてのα-シヌクレイン
レビー小体の主たる構成成分としてα-シヌクレイン蛋白が同定されたことは、PDの項目に詳しく記載されています。DLBにみられるレビー小体も、脳幹型と皮質型を問わず全てα-シヌクレインを有しています。α-シヌクレインの免疫組織化学によりレビー小体の同定とこれに基づくDLBの病理診断が容易になりました(図3)。α-シヌクレインはレビー小体を構成する成分である異常フィラメントの形成に関与することから、レビー小体の形成機序の研究、PDおよびDLBの病態機序の研究、さらに動物モデルの開発に重要な役割を果たしています。
レビー小体の出現を病理学的特徴とする疾患として、PDとDLBを併せてレビー小体病(Lewy body disease)と呼び、また、α-シヌクレインの蓄積を主たる病態機序とする疾患として、レビー小体病と多系統萎縮症を併せてシヌクレイノパチーと呼ぶことがあります。
- DLBの病理学的亜型
DLBの病理学的亜型は、脳幹優位型、辺縁型、新皮質型に分類されていますが、最近、レビー小体の分布から辺縁型と新皮質型、併存するアミロイド沈着や神経原線維変化の程度から純粋型、通常型とアルツハイマー病型に分け、これらの組み合わせによるDLBの新しい病理学的亜型分類が報告されました。これらの病理学的亜型は、発症年齢、初発症状、認知機能障害の程度などの臨床所見と対応を示しており、DLBの臨床診断をより正確にする手助けになると考えられます。
- DLBとPDD
DLBの臨床診断基準では、パーキンソニズム発症の後、1年以内に認知機能障害を示したものはDLBと診断しますが、1年以上たってから認知機能障害を示したものは、Parkinson's disease with dementia (PDD)と呼んで区別しています。しかし、PDDは臨床所見や検査所見でDLBと共通の特徴を有し、病理学的にDLBと区別できないことから、PDDも含めたDLBとして広く捉えようというのが、最近の趨勢です。いずれにしろ、PDとDLBは臨床・病理学的に連続性をもった疾患と考えられます。
- 家族性DLBの原因遺伝子の同定
DLBはほとんど孤発性であり、家族性DLBの報告は少数です。1997年に、家族性PDの原因遺伝子としてα-シヌクレイン遺伝子の点変異が報告されましたが、その後同様の報告は稀であり、日本の家族性PD家系では報告されていません。また、PDとDLBを問わず、孤発例ではα-シヌクレイン遺伝子異常は報告されていません。一方、2003年以降、家族性PDないしPDDで、α-シヌクレイン遺伝子のtriplicationやduplicationの存在が報告され、これらは臨床・病理学的にはDLBに合致することから、あらためてα-シヌクレイン遺伝子の異常が注目されています。
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