多発性硬化症 Multiple Sclerosis
2006年6月
国立病院機構 西多賀病院
今野秀彦
第1章 多発性硬化症とは
多発性硬化症とは、その疾患名の由来にもなっているように、中枢神経組織内に生じる病変が時間的に、空間的に多発するという特徴を示す疾患である。時間的とは、病変が経過と共に繰り返し出没することを意味し、空間的とは病変が中枢神経内に部位を変えて出現することを示すものである。従って、それに伴ってみられる臨床症状は、病変の出現部位によって異なり、また再発を繰り返すことにもなる。
画像診断の発達に伴い、症状につながらない病変も確認されるようになり、本疾患の特徴が更に明らかになってきているが、診断の確定には病変の特徴的な組織像を確認することが重要である。顕微鏡で観察される組織像の話に入る前に、本疾患に関連する中枢神経組織(大脳、脳幹、小脳、脊髄を含む)の構造について簡単に述べてみる。

第2章 中枢神経組織の構造
神経細胞は、主体である細胞体とそこから伸びる一本の長い突起とからなる。この突起は軸策と呼ばれ、周りを髄鞘で覆われ神経線維を構成する。いわば電線のような構造と機能を持つものである。神経細胞に生じたシグナルを目的の神経細胞に伝える役目を持つものである。電線との違いは、軸策を取り巻く髄鞘が連続したものではなく周期的に間隙を持ち不連続性を示す点であり、シグナルを伝える為には不可欠な構造となっている。この神経線維の輪切りを見ると、軸策を中心にいわば渦巻きのような文様を示す髄鞘が観察されるが、これは乏突起膠細胞(オリゴデンドログリア)の胞体が舌のように伸び出して軸策に巻き付く形で形成されたものである。即ち、髄鞘とは乏突起膠細胞の細胞体ということになる。膠細胞(グリア)とは、中枢神経組織内(脳、脊髄)にあって、神経細胞に対してそれを支持する細胞という意味合いで付された名称であり、乏突起膠細胞の他に星状膠細胞(アストログリア)と小膠細胞(ミクログリア)とがある。星状膠細胞は、顕微鏡で見ると光を放つ星のような突起を持つことから名付けられたもので、中枢神経組織内の環境を整える働きを持つとされている。組織内に障害が生じると修復機転として反応性に増殖してくる細胞でもあるが、この星状膠細胞が増殖した状態をグリオーシスと呼ぶ。小膠細胞は、免疫担当細胞としての機能を持つとされ、中枢神経組織内に生じる免疫反応に関与する細胞で、また組織破壊があると崩壊産物を清掃するマクロファージに姿を変えるとされている。

第3章 多発性硬化症の臨床
多発性硬化症は慢性の経過を示す疾患であるが、その過程が一様ではないことから臨床的に以下のように分類されている。(1)再発・寛解型:再発と寛解を繰り返し、寛解期には症状がほぼ完全に消失するもので、通常型或いは古典型とも呼ばれる。再発と再発との間に症状の進行が見られないことを特徴とする。(2)二次性進行型:初期には寛解を示すもののその後の再発を契機に進行性の経過を示すもの。(3)一次性進行型:明らかな再発・寛解を示さずに発症初期から緩徐進行性の経過を示すもの。また、稀ではあるが、再発を繰り返すものの寛解が不十分で、寛解期であっても常に進行性の経過を示すものもある。(2)と(3)とを慢性進行型として(1)と区別することもある。
日本人での有病率は人口10万人当たり7〜10人で、約2倍の頻度で女性に多いとされている。発病年齢は臨床病型によっても異なるが、約9割の方が50才代までに発症している。

第4章 多発性硬化症の病理組織像
さて、多発性硬化症の病変とは、中枢神経組織内に島状に形成されるもので、髄鞘が脱落消失し、裸になった軸策が残っている組織像を示すものである。従って、髄鞘を染色する標本で見ると、病変の部位だけが明るく抜けて見えるが、軸策染色標本では周囲の組織との境界が不明瞭となる。このような病巣は脱髄巣或いは脱髄斑と呼ばれ、多発性硬化症の特徴的な変化とされている(添付図参照)。そこには、アストログリアやミクログリアとともに、リンパ球や形質細胞などの血液由来の細胞なども出現するのであるが、時間的な推移によって出現する細胞の割合が異なることから、病変形成の時期的な違いを読みとることができる。
最も古いとされる脱髄斑は、細胞成分が乏しく、アストログリアの突起から形成される豊富な線維成分によって形作られたものを指すのであるが、従って、髄鞘染色標本では明るくみえる脱髄斑は、グリア染色標本では濃染する病変として観察され、互いが裏腹の染色関係にあるように染め出される。このアストログリアの線維成分が豊富であることが、硬化症という病名の由来である。このような病変の中に、髄鞘のない裸の軸策が観察されるのであるが、詳しく見てみると、程度の差はあれ細くなったり太くなったり或いは切断されたり数が減ったりという変化を伴っていることが知られている。従って、本疾患の場合軸策が保たれることが第一の特徴とされるが、これは髄鞘の破壊の程度に比較して相対的に保持されるという解釈になる。この軸策の変化が、臨床症状の後遺症と関連するものと考えられている。このような病変は、いわば死火山のように沈静化したものと理解されるが、一方で多数のマクロファージによって埋め尽くされた脱髄巣が共存して見られることがある。マクロファージとは、明るく大きな細胞体を持つもので、崩壊産物を取り込み清掃する機能を有する細胞とされているが、脱髄巣内に見られるこのような細胞の胞体内に 貪食されたばかりの髄鞘の破片を見ることがある。胞体内に取り込まれた物質は、時間とともに代謝されその形態を失うものであるが、それが残存するということは取り込まれて間もないことを意味する。すなわち、このようなマクロファージを豊富に含む脱髄巣は、線維性アストログリアの増多が目立たないこともあり、形成されてそう時間の経っていないものと解釈されることになるが、更には同一症例でこれらの新旧病変が共存するということから、経過とともに前述したような古い病変に変化していくという一連の流れのあることが示唆される。慢性の経過を示す本疾患の再発時の組織像と考えられるが、必ずしもこればかりではなく、次に述べるような細胞反応の目立つものもある。

このような慢性の経過を示すMSに対し、経過が早く組織像にも違いのあることから、急性型、亜急性型として次の5つの亜型があげられている。

第5章 急性多発性硬化症(Marburg病)
1906年、Marburgが激症型MSとして最初に報告したものであるが、前述した慢性MSの組織像や臨床像との違いから、その類似性に議論があった。しかし、その後、再発して間もない症例で、慢性病変とMarburgが述べた病変とが共存する報告例等の蓄積により、MSの亜型として考えられるようになった。特徴的な組織像は、基本的には脱髄を主体とするものであるが、より破壊的であり、そこに出現する細胞の種類が多く、数も目立って多いということがあげられる。髄鞘の崩壊産物を含むマクロファージ、胞体豊かなアストログリア、リンパ球、形質細胞(白血球の一種)など、時期によって様々に混在してくる。破壊的病変ということは、髄鞘のみならず軸策も障害されることを意味し、急性期を過ぎると既存の構造は失われ、嚢胞状の病変を形成することにもなる。症状の回復は乏しく長期間に亘る後遺症を残すことになる。

第6章 同心円硬化症(Balo病)
1927年にBaloが最初に報告したことに始まるが、その名が示すように大脳半球の白質(神経線維のみからなる領域)に、層状に髄鞘が脱落する脱髄層と残存する白質層とが交互に配列し同心円状の特徴的な文様を示す病変を形成する。この文様形成の機序は不明であるが、脱髄領域ではMarburg typeの組織像を示す。若い女性に好発し、一般的には予後不良とされているものの、早期治療が有効であることも報告されている。国内では稀なタイプであるが、東南アジアに多いことが指摘されている。

第7章 瀰漫性硬化症(Diffuse sclerosis: Schilder病)
このタイプのMSは、大脳半球の白質に形成される1ないし数個の大きな脱髄巣を特徴とするものであるが、小児期発症が多いこともあり、類似する他の疾患、例えば極長鎖脂肪酸の異常症や進行性多巣性白質脳症等との鑑別が求められる。この組織像は、脱髄巣内の小血管周囲にマクロファージやリンパ球の出現がみられ、Marburg typeの像に類似するが、症例によっては海綿状や嚢胞状の組織背景を示すことから強い組織崩壊を示唆するものもある。

視神経脊髄炎(Devic病)
視神経と脊髄を好んで障害するタイプであるが、この名称には微妙に異なる二つの内容が含まれる。Devicの原著に基づいた病名を意味する場合と臨床的に視神経と脊髄とが主に障害されるものを指す場合とがある。前者は、両側の視神経炎と横断性脊髄炎とがほぼ同時に発症し再発のないものを指すが、後者ではそれほど厳密なものではなく軽い脳症状を伴うものや再発を示す例も含まれ、視神経脊髄型MSと呼ばれることもある。女性に多いことが知られている。両者間での組織学的変化は明らかにされてはいないが、一般に、視神経と脊髄に脱髄性変化が生じるものの、壊死性変化がより強く、急性期に出現する細胞に好中球(白血球の一種)が多いことや血管壁にも変化が生じることなどが指摘されている。脊髄では白質、灰白質(神経細胞の多い領域)ともに障害され、回復の乏しい強い手足の麻痺を来す。

第8章 急性散在性脳脊髄炎(ADEM)
子供や若年成人に多いタイプで、ウィルス感染後に続発することが多い。発熱や頭痛で突然に発症し、一日以内で痙攣や麻痺、視覚障害、意識障害へと進行することがある。特徴的な組織像は、小血管の周囲にリンパ球やマクロファージが多数浸潤することとその周辺部の髄鞘に脱髄を伴うことである。このような小さな病変が中枢神経組織内に広範囲に観察されるのであるが、いずれの病巣も同じような細胞成分を示していることから、これら散在する病変が短期間のうちに同時に形成されたことを示す所見として特徴づけられている。