脳を冒す病気のなかで,最も多いのは脳出血や脳梗塞などの脳血管障害です.
脳出血は頭蓋内におこる出血を総称して指します.ここでは脳実質外に起こる出血と,脳実質内に起こる出血に分けて記載し,また,このような脳出血に引き続いて起こる脳の変化について述べていきます.
第1章 脳実質外に起こる出血
I.硬膜外出血
出血が硬膜と頭蓋骨の間に起こります.殆どは外傷に伴って起こります.硬膜は外層(頭蓋骨に面している層)と内層(くも膜に面している層)がしっかりと癒着した硬い膜で,頭蓋骨の内面を被う骨膜の働きをしています.
硬膜を栄養する中硬膜動脈は硬膜の外層に位置し,頭蓋骨の内面にある動脈溝に沿って走っています.そのため,外傷による頭蓋骨の骨折線がこの動脈溝を横切ると,頭蓋骨に接している壁面は容易に裂け,動脈性の出血を起こします.
一方,硬膜が頭蓋骨の頭蓋冠正中部で前後に癒着している部や,後頭骨に癒着している部などで,硬膜外層と内層は解離して,静脈血を入れる大きな腔である静脈洞 (上矢状洞,横洞) を造ります.骨折線が上矢状洞や横洞を横切ると,洞を形成する硬膜の,頭蓋骨に癒着した外層が裂け,極めて急激な静脈性の大出血を起こすことがあります.特に骨折線が横洞を横切ってできる硬膜外出血は,小脳や脳幹を圧迫するために,注意が必要です.
II.硬膜下出血
出血が硬膜とくも膜の間に起こります.この出血も殆どは外傷に伴って起こります.急性のものと慢性のものがあります.
急性硬膜下出血は殆どが外傷に伴って起こります.脳を還流した血液は主に脳表の静脈から架橋静脈 (bridging vein) を介して上矢状洞に注ぎます.脳はこの架橋静脈 によって吊り下げられたようになっています.そのため,外傷に伴う頭蓋骨と脳のズレによって 架橋静脈が傷つき,そこから出血して硬膜下腔に血腫を形成します.
慢性硬膜下出血の多くも外傷性の機序で起こります.しかし,急性硬膜下出血と異なり,外傷の既往が明瞭でない場合もあります.特に老人の場合,脳萎縮のために硬膜下腔が広く,若年者よりも外傷の影響を受け易く,明らかな外傷の既往や麻痺などがなくても,外来で慢性硬膜下血腫が発見されることがあります.硬膜下腔の血液は,時間が経つにつれて硬膜内面より結合識が反応性に増加し,器質化が起こります.
III.くも膜下出血
脳実質外に起こる出血の中で最も多い病態です.脳の表面は透明で薄いくも膜に覆われています.くも膜下出血は,くも膜と脳表の間のくも膜下腔に出血が起こる病態です(図1a,b).外傷によるものを除くと,CT 導入後の統計では,くも膜下出血の原因は脳動脈瘤の破裂によるものが80〜90%以上とされています.その他に,脳動静脈奇形,後述するアミロイド・アンギオパチーに伴う出血などがあります.
1)脳動脈瘤
i.嚢状動脈瘤
くも膜と脳の間のくも膜下腔は脳脊髄液で満たされており,内頸動脈と椎骨動脈が脳底部からくも膜下腔に侵入して脳底部で Willis 動脈輪を形成します.くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤のほとんどは,この Willis 動脈輪を含む,脳の比較的太い動脈の分岐部に発生します (図2).この分岐部が嚢状に膨れて,こぶ(瘤)のように見えることから嚢状動脈瘤といわれます.
脳の正常な動脈壁は,胸腹部内臓器における同様の太さの動脈壁と同様,内側より,内膜,中膜,外膜の三層からできています.外膜は弾力性のないルーズな結合組織ですが,内膜と中膜の間には厚い弾性膜である内弾性板があり,中膜には平滑筋が豊富に存在しています.そのため,血管内圧の変動に対して動脈壁は伸び縮みして一定の血圧を保てるようになっています.
これに対して,動脈瘤の壁 (図3a,b) では内弾性板が欠けており,中膜平滑筋も種々の程度に減少しています.そのために動脈瘤は力学的に血圧の上昇に対して弱い構造になっています.壁の中膜平滑筋の量は動脈瘤によりさまざまです.比較的たくさんあるものや,僅かしかないものがあります.一つの動脈瘤でも場所によって,中膜平滑筋の量が比較的多いところや,殆ど無いところなどがあります.中膜平滑筋が極めて少なくなっていたり,欠損している動脈瘤の壁は,外膜の結合識だけで構成されています.そのため,血圧が上昇すると緩衝作用が働かず,動脈瘤はその場所で容易に破れてしまい (図4a,b),くも膜下出血がおこります.動脈瘤の壁に認められる平滑筋の phenotype は正常の動脈の中膜を構成している平滑筋と正常が異なっており,破裂動脈瘤と未破裂動脈瘤の間でも異なっているという報告があります.
動脈瘤が脳実質に埋もれている場合は,動脈瘤の破裂により,容易に脳内出血を作ります.このような場合に限らず,動脈瘤の破裂は,くも膜下出血を起こすばかりでなく,脳実質内や脳室内に血腫を作ることがあります.脳実質内に進展する場合は,くも膜下腔の血液は脳溝内皮質の谷の部分や側復部を破壊して脳実質内に進展します.中大脳動脈瘤の破裂は Sylvius 裂に巨大な血腫を作ることがあり,脳内出血と間違わないように注意が必要です.
動脈瘤の破裂は一度だけでなく二度三度と起きることがあります.このような場合,動脈瘤の破裂した場所やその周囲には,反応性に結合識が増加して来ます.そのために,この動脈瘤が再度破れて出血が起こったときは,くも膜下出血は軽度で,むしろ脳実質内に血液が進展して脳内血腫をつくることがあります.
動脈瘤は常に1個とは限りません.2個3個と多発する場合もあります.また,大きさもさまざまで,圧迫により,いろいろな症状を出すことがあります.
嚢状動脈瘤を実験的に誘発する動物モデルが開発され,動脈瘤の発生機序について詳しく調べられています.
ii.未破裂動脈瘤
剖検脳の検索の際に生前気づかれなかった未破裂の動脈瘤をみることは稀ならずあります.以前は,くも膜下出血を起こした時点で脳血管撮影が行われ,動脈瘤の存在と部位が初めて確認されていましたが,現在では,CT や MRI などの画像診断技術の進歩や脳ドックの普及などにより,嚢状動脈瘤はくも膜下出血を起こす前に発見され,手術される例が多くなっています.
iii.解離性動脈瘤
脳動脈の分岐部におこる動脈瘤の他に,脳動脈の本幹にできる動脈瘤もあります.非外傷性の解離性動脈瘤は椎骨動脈でしばしば見られます.このタイプの動脈瘤は,無症状で安定しているもの,破裂してくも膜下出血を起こすもの,脳梗塞を起こすもの等,多彩な症状を示します.解離腔は場所により内弾性板に近い部分に解離腔を形成する場合や,外膜に近い部分に解離腔を形成する場合があるといわれています.
iv.血豆状動脈瘤
頭蓋内の内頸動脈本幹の背部にできる血豆状動脈瘤 (図5a,b) は頻度は低いのですが,生前発見が困難で,動脈瘤の壁が非常に薄く,破れやすいので,注意が必要です.
v.真菌性(細菌性)動脈瘤
真菌や細菌の感染によって二次的に形成される動脈瘤です.発生頻度は稀ですが,致死的なくも膜下出血をおこすことから,臨床的に重要です.真菌感染による動脈瘤は,脳底動脈,椎骨動脈,内頸動脈,前・中大脳動脈の近位部,などに単独に形成されることが多く,動脈分岐部に形成されるのは稀です.形状は嚢状ないし紡錘状です.原因菌は Aspergillus や Phycomycetes などが多く,感染源は主に副鼻腔炎や抜歯創,手術創などです.細菌感染による動脈瘤は,一般に,streptococci や staphylococci による細菌性心内膜炎から波及しやすく,脳動脈のより末梢側に出来やすいといわれています.
2)脳動静脈奇形(AVM)
通常の動脈とも静脈ともつかない血管が,密にとぐろを巻いたように集合しています.血管は不規則に拡張し,壁に平滑筋や内弾性板を持つ動脈成分や厚い膠原線維からなる静脈成分から形成されています.大脳半球の表面に比較的好発します.破裂により,主に脳内出血や脳室内出血を起こします.くも膜下出血の頻度は,統計により多少差がありますが,くも膜下出血全体の 5〜10% といわれています.
3)くも膜下出血によって起こる脳の変化
くも膜下出血によって,時間の経過と共に脳にはいろいろな変化が起こります.脳浮腫と頭蓋内圧亢進の問題については,項を改めて述べますが,ここでは以下の3点について記します.
i.急性水頭症:正常な状態では,くも膜下腔には側脳室や第四脳室の脈絡叢によってつくられた脳脊髄液が循環しています.従って,くも膜下出血によって,脳底漕をはじめとするくも膜下腔に血液が充満すると,この循環が障害され,上流に当たる脳室に脳脊髄液が貯留し,脳室が急激に拡大します.この状態を「急性水頭症」といいます.この状態は脳を内側から圧迫することになり,後で述べる「頭蓋内圧亢進」を助長します.治療は,脳室に溜まった脳脊髄液を細い管で腹腔に逃がしてやるシャント手術が有効です.
ii.血管攣縮:くも膜下出血の1〜2週間後に脳動脈が収縮する現象をいいます.くも膜下出血の程度や,手術によりくも膜下腔の血液をどれだけ洗い流せたかによって,血管攣縮の強さや範囲が異なるといわれています.血管攣縮が強かったり,広範囲に起こった場合には,その動脈の支配領域に梗塞が起こることがあります.血管攣縮は複雑な機序によって起こるといわれており,その予防や治療にさまざまな方法が試みられています.
iii.正常圧水頭症:くも膜下出血後,くも膜下腔に溜まった血液に対する反応として,くも膜下腔に結合識が増加してきます.そのため,くも膜下腔における脳脊髄液の循環障害や,くも膜絨毛からの脳脊髄液の吸収障害がおこり,脳室系が徐々に拡大してきます (図6a,b,c).臨床的には,歩行障害,精神機能障害,失禁などの症状を呈します.治療は,急性水頭症同様,シャント手術が有効です.
第2章 脳実質内に起こる出血
I.脳内出血
脳内出血の原因は,大きく分けて高血圧によるものと高血圧以外の病態を原因とするものがあります.
1)高血圧性脳内出血
高血圧に伴って脳実質内の動脈が破綻して起こります.正常の脳動脈は 300mmHg 位の血圧にも耐えるといわれています.ところが,この動脈に局所的な血管病変が起きると,比較的簡単に脳動脈は破綻してしまいます.
高血圧による脳出血は脳内出血のなかで最も多く,以前は日本人の死因のトップでした.出血の原因は,細小動脈に形成される微小動脈瘤の破裂である,とする考えが多くの研究者によって支持されています.しかし微小動脈瘤が脳内出血に対して果たす意義については疑問視する見解もあり,現在のところ決着の付いていない問題とされています.
高血圧性脳内出血は,出血が起こる場所によって分けることが臨床病理的に有用であると思われます.すなわち,内包の外側に起こる被殻出血(外側型出血),内側に起こる視床出血 (内側型出血),両者が同時に起こったように見える混合型出血,大脳の皮質下白質に起こる皮質下出血,小脳や脳幹に起こる出血,です.
i.被殻出血(外側型出血)
被殻出血は内包の外側に起こるために外側型出血とも呼ばれます.出血量が少ない場合は,血腫は被殻外側と島回の間に限局してみられます.多量になると,血腫は被殻背面に延びて内包を横切り,尾状核の背面から側脳室側角を破壊して側脳室に破れます (図7a).腹側に進展して側頭葉白質に血腫を形成したり,前後に延びて,前頭葉や後頭葉の白質に大きな血腫を作ることもあります.被殻出血で形成された血腫が被殻を横断し,淡蒼球や内包を破壊して視床を障害するような進展形式をとることはありません.この出血はレンズ核線状体動脈の破綻によって起こるとされています (図7b).
ii.視床出血(内側型出血)
視床出血 (図7c) は視床動脈の破綻によって起こるとされています.出血は内包の内側の構造である視床内に起こるために内側型出血とも呼ばれます.出血量が少ない場合は,血腫は視床内に限局します.多いと血腫は容易に第III脳室や側脳室に破れます.血腫が外側に進展して内包を横断し,淡蒼球や被殻を傷害するような進展形式をとることはありません.
iii.混合型出血
混合型出血 (図7d) では,血腫は視床,淡蒼球,被殻,内包などを破壊し,あたかも被殻出血と視床出血が混在しているようにみえます.このタイプの出血は通常は大きな血腫をつくります.出血が最初どの部位に起こるのかは明らかにされていません.
iv.皮質下出血
血腫が大脳皮質直下の白質を占拠しているように見える出血を皮質下出血といいます.高血圧ばかりでなく,前述した AVM や,後で説明するアミロイド・アンギオパチーなど,いろんな原因で起こります.高血圧が原因とされるものは,報告者により差がありますが,皮質下出血全体の31〜53% といわれています.高血圧に伴う皮質下出血では,予後が比較的良好なため,急性期に剖検される症例は稀です.破裂動脈が皮質内の動脈なのか,白質の動脈なのかは不明です.
v.脳幹出血・小脳出血
脳幹や小脳に起こる高血圧性出血は,生命中枢である脳幹被蓋部に直接的に障害が及びやすい為に非常に危険です.
脳幹出血はその殆どが橋に起こります.血腫は上方に進展して中脳に達することもあります.しかし,下方に進展して延髄を破壊することは稀です.出血源となる動脈は,脳底動脈から分岐した穿通動脈です.
小脳出血は歯状核近傍の白質に起こります.血腫は小脳半球の白質に進展します.第IV脳室に破れることもあります.
vi.高血圧性脳内出血の原因
高血圧性脳内出血の原因となった破裂血管 (図7b) は,血腫の中に埋もれてしまうために,検索することは非常に困難です.出血の原因は,脳実質内の小動脈にできる微小動脈瘤 (Charcot-Bouchard aneurysm) が密接に関連しているとする考えと,持続する高血圧の結果,中膜平滑筋細胞が消耗性変化によって部分的に消失し,微小動脈瘤を経由しないで直接破れたとする見解があります.
2)非高血圧性脳内出血
外傷によるものを除くと,非高血圧性脳内出血の原因には,血管腫,動静脈奇形,アミロイド・アンギオパチー,出血傾向,白血病,原発性および転移性脳腫瘍,などが上げられます.なかでも,高齢化社会に伴って,非外傷性,非高血圧性の皮質下出血として近年重要性を増しているのが脳アミロイド・アンギオパチー (CAA) による出血です.
i.CAA による脳内出血
(1).CAA の頻度と分布
CAA は,脳の血管に特異的にアミロイドβ (Aβ) 蛋白が沈着する病態です.脳血管へのAβ沈着は 50才代より始まり,加齢と共に頻度は増加していきます.Aβの沈着は動脈ばかりでなく,静脈や毛細血管にも起こります.CAA は髄膜血管と大脳皮質血管に著明であり,殆どの例では大脳皮質の血管よりも髄膜血管に著明です.大脳白質や大脳基底核の血管では稀です(図8).大脳以外では小脳の髄膜血管に目立つ他は軽度です.Aβ沈着は脳以外の胸腹部内臓器には沈着しません.
(2).出血の機序
CAA による出血を起こした患者の多くには高血圧を認めません.出血の機序に関しては,Aβ沈着によって脳血管の中膜平滑筋細胞が変性消失するためであるという指摘や,CAA では中膜平滑筋細胞の変性消失に伴って起こる結合識の反応性の増加が,通常の血管よりも乏しいためである,などの指摘があります.
(3).血腫の局在
CAA による出血は CAA の分布に一致してほとんどが大脳に起こります.小脳に起こることもあります.大脳に起こる出血は,血腫が皮質下白質を占拠するように見えるため,皮質下出血と呼ばれてきました(図9).出血は前頭葉から後頭葉までいずれにでも起こり,好発部位に関しては大脳各葉において一定の傾向はみられません.出血は1度ばかりでなく,繰り返し起こります.高頻度にくも膜下出血を伴うことも指摘されてきました.
(4).出血の初発部位
CAA に伴う出血は大脳皮質内,特に,皮質表層のアミロイド沈着血管が破れるために起こり,その為に,くも膜下出血を伴いやすいとされてきました.最近私たちは,CAA に伴う出血はくも膜下腔,特に,脳溝内の血管が破れて起こる可能性を指摘しました.その根拠は,(1) CAA は大脳皮質血管よりも髄膜血管,特に脳溝内の血管に著明であること (図8).(2)出血を伴っていた6剖検例全例で,脳実質内と連続性にくも膜下腔,特に脳溝内に血腫がみられ,それは壊死に陥った脳溝内皮質深部で連続していたこと (図10a,b). (3)6例の脳溝内血腫の中に,アミロイド・アンギオパチーを示す破裂血管が多数みられるが,脳実質内血腫の中に破裂血管はみられないこと (図10c).(4)一カ所のみではあるが,アミロイド・アンギオパチーを示す破裂血管を伴い,脳実質内血腫とは連続性のない脳溝内血腫が認められたこと (図11a,b).などです.
ii.出血傾向,白血病
出血傾向や白血病など,血液の凝固機転に異常がある病態では,白質にび漫性に点状出血が起こります.これらの点状出血が癒合して大きな血腫を形成することもあります.点状出血が起こる機序は不明です.
第3章 脳出血に伴って起こる脳の変化,特に頭蓋内圧亢進について
脳はほとんど隙間のない,固い頭蓋骨によってつくられる頭蓋腔に入っています.頭蓋腔における最も大きな空隙は大後頭孔であり,ここを通って延髄は脊髄に連なります.それ以外の隙間は,脳神経や内頸動脈が出入りする小孔だけです.さらに,頭蓋腔は硬膜によってつくられる小脳テントによって,両側大脳半球を入れる前頭蓋窩と小脳や脳幹を入れる後頭蓋窩に分けられています.さらに前頭蓋窩は,やはり硬膜でできている大脳鎌によって,左右の大脳半球を入れるスペースに分けられます.このように,頭蓋腔は小脳テントと大脳鎌によって仕切られています.
脳出血などにより,時間の経過と共に脳にさまざまな変化が起こります.そのなかで臨床的に最も重要なのは脳浮腫に伴う頭蓋内圧亢進の問題です.
脳浮腫は,脳出血であれ脳梗塞であれ,脳に病変が起こるとその原因を問わず必ず起こる病態で,「脳のむくみ」と言い換えることが出来ます.
脳に病変が起こると,その急性期には,神経細胞や血管などを被っているアストロサイトの突起が腫脹します.通常のパラフィン標本で脳病変部をみると,神経細胞の周囲に隙間が見えます (図12a,b).この所見は標本の脱水過程でおこるアーチファクトといわれていましたが,多くはアストロサイトの突起が腫脹している所見であるといえます.
このような所見に引き続き,毛細血管や小静脈の血液脳関門(BBB)が開き,血液中の血清に由来する液体が細胞外腔に出てきます (図12c).この液体を浮腫液といいます.正常な状態では,脳の細胞と細胞の間にある細胞外腔は 20nm のスペースしかありません.浮腫液はこの細胞外腔を押し広げて貯留するために,脳は腫大し,脳重は増加します.この状態を脳浮腫といいます.
病変が小さく,かつ少ない場合は,脳浮腫は局所に留まり,臨床的にも大きな問題はありません.病変が大きく範囲が広いほど,脳浮腫は強く起こり,臨床的に様々な問題を起こしてきます.
すなわち,脳出血や脳梗塞などの大きな病変が急激に出現すると,その病変部を中心に浮腫が起こり,脳が腫れます.そのため,限られた容積の頭蓋内腔ではその内圧が上昇し (頭蓋内圧亢進),それに伴って以下に述べるようなさまざまな脳の変化が起こります.
腫れた脳が頭蓋骨に強く押しつけられて,脳回が扁平になり,脳溝は狭くなります (図13).病変側の大脳半球から病変のない大脳半球に圧迫が及ぶため,左右の大脳半球の正中線がずれます(図7a,d).また,大脳鎌と脳梁の隙間から帯状回が押し出される帯状回ヘルニアが起こります(図7a,d).さらに,病変側の鈎が小脳テント縁から下方の後頭蓋窩に落ち込む鈎ヘルニア (テントヘルニア) が起こります.程度が強い場合は,鈎を含む海馬回全体が後頭蓋窩に落ち込むヘルニア (total hippocampal herniation) を起こします (図14).また,後大脳動脈が小脳テント縁に圧迫され,その血流支配領域に広範な出血性梗塞を起こすこともあります.病変による強い圧迫が中脳におよび,病変と反対側の大脳脚が小脳テントの縁に押しつけられて傷害されると,病変側と同側の麻痺が起こります.この大脳脚に出来る切痕を Kernohann's notch といいます.このような脳の変化は,さらに,脳浮腫や頭蓋内圧亢進を助長し,圧は最も大きい空隙である大後頭孔から逃げようとします.そのため,脳幹は下方に圧迫され,脳幹の穿通枝から出血し,意識の中枢があると考えられている脳幹被蓋部に,二次性の出血性壊死巣をつくります (図15).また,小脳扁桃が大後頭孔に陥入し (小脳扁桃ヘルニア),延髄を圧迫して生命中枢に障害が及びます.
このように,脳浮腫に伴う頭蓋内圧亢進状態は,患者の生命予後にとって極めて重大な症状を引き起こします.そのために,脳浮腫をいかにコントロールするかは,くも膜下出血や脳内出血などの脳外科疾患の治療の上で,非常に重要です.
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