はじめに
中枢神経系(CNS)の感染症はその多くが致死的、或いは重篤な後遺症をもたらすことが多いため、迅速かつ正確な診断、迅速な治療が重要です。病理医はこれらの病理組織学的特徴のみならず、検査医学としての脳脊髄液(CSF)検査、臨床微生物学の知識を十分に持ち合わせていなければなりません。さらに、臨床情報は不可欠であり、最終診断はこれら病理組織学、検査医学、臨床情報の全てを考慮してなされるべきです。今後、日本では臓器移植後、エイズといった免疫不全患者の増加、また、諸外国との交流(旅行、外国人就労者の増加など)がより盛んになることが予想され、CNSの感染症の診断、治療はますます重要となってきます。ここではCNSの細菌、真菌、寄生虫感染で、比較的よく見られるもの、また、基本的な事柄について、当院の病理レジデント研修用ファイルを参考にして述べていきます。ここで一つお断りしておきたいのですが、私の病理のトレーニング、プラクティス経歴の約60%が米国、残りの40%が日本であるため、ここでは診断、診療スタンダードが米国のものになっていることをご理解ください。この米国のスタンダードはevidence-based medicineに基づいており、コストという面も十分に反映されているものです。
第1章 臨床情報/症状からの鑑別
髄膜炎は、その経過により次の2つに分けられます。発症から数時間で急激に進行するタイプと、数日かけて徐々に進行するタイプです。髄膜炎症状の三徴(triad)は、発熱、頭痛、項部硬直で、このどれかが90%以上の症例でみられます。また、嘔気、嘔吐、羞明などもよくみられます。これらは臨床診断学的に髄膜炎を第一に考えないといけない症状ですが、その髄膜炎の原因(細菌、ウィルス、その他)を推定するには非特異的です。
髄膜炎の原因の推定に比較的役に立つ臨床情報もあります。この中で、最も特異度が高いものが、髄膜炎菌による菌血症の際にみられる、ウィルス性発疹に類似した全身性の紅班、丘疹で、これが急速に出血班に変化します。この出血班は体幹、下肢、粘膜に多く認められ、もしこの様な皮膚の変化が髄膜炎症状に伴っていた場合は髄膜炎菌による髄膜炎をまず疑わなくてはなりません(この皮疹を生検して検査します)。
患者の年齢も髄膜炎の原因の推定に有用です。新生児期、特に生後1週間以内の発症は、B群連鎖球菌、大腸菌を、5歳以下の乳幼児では、ヘモフィルス−インフルエンザb型菌(これは米国では当てはまりません、後述)、リステリアを、これ以降の年齢では、地域獲得髄膜炎(community-acquired bacterial meningitis)として肺炎球菌と髄膜炎菌(さらにリステリア)を考えなければなりません。また、高校生、大学生で、特に、寮などで共同生活をしている人の髄膜炎では髄膜炎菌性を考えて、迅速な治療とともに公衆衛生学的な対策が必要となります。
院内感染(hospital-acquired meningitis)、特に、脳外科手術後では、ブドウ球菌、グラム陰性桿菌(緑膿菌など)を考慮します。
発展途上国からの労働者、これらの国への旅行者に発生した髄膜炎は、様々な風土病(真菌など)の他に結核性も考えなくてはなりません。また、最近の海外旅行歴のある人に髄膜炎様症状をみた場合は、臨床診断学的にはマラリア(神経マラリアとは限らない)も鑑別診断に挙げなければいけません。
免疫力低下患者(エイズ、臓器移植後患者など)は、上記の結核を含め、様々な起炎菌が考えられますが、真菌性髄膜炎の最も多い原因であるクリプトコッカスは十分に鑑別に入れなければいけません。
脳膿瘍は、頭痛、発熱、局所神経症状の存在が臨床所見のtriadですが、これが全てみられるのは半数以下の症例に限られます。15−35%の患者では、初発の痙攣発作もみられます。これらの臨床症状は、脳膿瘍には非特異的で、硬膜下膿瘍、細菌性髄膜炎、ウィルス性髄膜脳炎、上矢状洞血栓症、急性散在性脳脊髄炎などにも認められます。さらに、発熱がなければ、脳腫瘍(原発性、転移性)も考慮せねばなりません。
脳膿瘍の診断、原因の推定に有用な臨床情報として、脳膿瘍の約1/3ほどが中耳炎、乳突洞炎、(特にここに起こる真珠腫)に起因しているため、この耳性所見と上記の症状を呈する患者の側頭葉、小脳の腫瘤性病変では脳膿瘍を疑うべきです。また、脳膿瘍の約10%が副鼻腔炎に起因しており、この臨床情報は、脳膿瘍(特に、前頭葉の)の診断に有用です。
脳膿瘍の約25%が血行性であり、その多くが多数の腫瘤の形成(中大脳動脈還流領域の灰白質−白質境界に多い)を特徴としております。免疫力低下患者、或いは、中枢神経系外に細菌感染巣を有する患者、例えば、肺膿瘍、気管支拡張症、細菌性心膜炎、子供では、右−左シャントのある心臓奇形を持つ患者、では、上記の臨床症状を呈する患者の脳内多発性腫瘤は脳膿瘍を疑わなくてはいけません。鑑別診断としては、(悪性リンパ腫を含めた)脳腫瘍があります。
エイズ患者に起こる脳内の腫瘤性病変は、悪性リンパ腫、トキソプラズマ症、進行性多巣性白質脳症(PML)がトップ3で、脳生検なしでの鑑別は困難なことも多いです。ここで、注意が必要なのは、これらの3疾患が相互に除外できないことです。言い換えれば、これらのうち、2つ、或いは全てが一人の患者に起こっている可能性もあるということです。トキソプラズマ症が疑われるものに関しては、治療への反応性をみて反応しないようなら生検が必要です。
糖尿病患者(特に、ケトアシドーシスを有しているもの)の脳膿瘍、特に、鼻腔、副鼻腔内、頭頸部皮膚に出血壊死性病変を有しているものに関しては、ムコール属による真菌感染を考慮に入れた方がよいです。特に、鼻腔粘膜が侵されているものは、出血性壊死のため同部が黒ずんでみられます。
たいへん稀ですが、外国での天然温泉入浴や湖沼での水泳の既往がある、急速に進行する髄膜炎では、アメーバを考慮する必要があります。これは免疫機能が正常な患者にも起こります。
発展途上国からの移民、これらの国への旅行者に脳内腫瘤性病変(嚢胞病変)をみた場合、或いは、これらの人に初発する痙攣をみた際には、脳嚢胞虫症をまず疑います。これと併せて、脳腫瘍も鑑別に入れなくてはいけません。
第2章 神経病理学的、検査医学的な鑑別
髄膜炎症状を有する、CNSへの感染症が疑われる患者では、CSF検査(適応外もあります)と血液培養がルーティンで行われます。髄膜炎の確定診断には、CSF検査が必要です。CSFは可能な限り、抗生剤投与前に採取すべきで、CSFからの起炎微生物の検出が髄膜炎の確定診断となります。細胞数、特徴的な炎症細胞の占める割合、糖、蛋白の量の変化は感染症を疑わせるCSF検査所見ですが、確定診断にはグラム染色、培養などが必要です。
典型的な髄膜炎のCSF所見としては、細胞数の増加(好中球優位:細菌性、リンパ球優位:ウイルス性・結核性・梅毒性・真菌性)、糖の低下と蛋白の増加(細菌性、真菌性、結核性)、クロール(Cl)の著明な減少(結核性)がみられます。この所見の組み合わせにより、大まかな鑑別は可能になります。
グラム染色は、CNSの感染症の迅速で正確な診断となります。その感度は起炎微生物のCSF内の濃度に影響されるため、CSFは遠心、濃縮した後に検査します。また、真菌の分離には十分な量のCSFが検査に必要です。髄膜炎菌はグラム陰性双球菌が、肺炎球菌はグラム陽性球菌が双球菌状、或いは短い連鎖状に、インフルエンザ桿菌は多形性を示すグラム陰性桿菌が認められます。クリプトコッカスは、墨汁標本で厚い莢膜で囲まれた酵母がみられ、グラム染色は陽性となります。
膜髄液、膿瘍の排膿検体の細菌学検査の最初のステップが、直接塗抹検査で、起炎微生物の存在の確認=感染を意味し、細菌感染vs.真菌感染は鑑別可能ですが、確定診断は培養の結果を待たなくてはいけません(上記のクリプトコッカスは例外です)。真菌は、酵母型、菌糸型に分けられますが(後述)、同様の形態をとるものが多数存在するため、わずかな例外を除き形態での確定診断は困難です。
肺炎球菌、髄膜炎菌、ヘモフィルス−インフルエンザb型菌、大腸菌(K1)のラテックス凝集法によるCSFの抗原検査は、これらの菌による髄膜炎に、特に、抗生剤で既に治療されている症例、グラム染色や分離培養で菌が発見されない症例に有用です。真菌では、クリプトコッカスに同様の検査法がありたいへん有用です。
ある種のウィルス(サイトメガロウィルス、EBウィルスなど)による髄膜炎は、CNSのPCR検査が最も重要な検査ですが、細菌性髄膜炎の診断にはこれほど有用ではありません(結核を除く)。しかし、最近の報告では、CSFのPCR法と16SR ribosomal RNAのシークエンシングがたいへん有用と言われており、細菌培養検査と比較して、この検査の感度は86%、特異度97%、陽性予測値80%、陰性予測値98%と報告されております。この検査を中枢神経系の細菌、真菌感染症のルーチン検査とするには、各細菌ごとにその感度、特異度を計算して検討した後でなければなりません。
以上、まとめますと、CNSの感染症に特異的な病理所見、検査所見というものはほとんど存在しません。検査のアルゴリズムとしては直接塗抹検査で起炎微生物の存在を証明し(=感染症の存在)、培養によってこの確認、同定(=確定診断)をすることです。一部の菌では抗原検査などが確定診断となり得ます。さらに、PCRなどの遺伝子検査も確定診断に有用であることが示されております。
第3章 中枢神経系の細菌感染症
CNSの感染症は、その起こる部分(compartments)により様々な臨床像、病理像をとり、起炎菌によってはより感染を起こしやすいcompartmentがあることも知られております。ここでは、CNSの各compartment−髄膜(髄膜炎)、脳実質(脳炎、脳膿瘍)、"硬膜下"(硬膜下膿瘍)、硬膜外(硬膜外膿瘍)−の細菌感染症について述べます。
- 急性細菌性髄膜炎(Acute bacterial meningitis)総論
臨床的に、発熱、頭痛、嘔吐、項部硬直、羞明などが典型的な(初発)症状で、これに加え、髄膜炎菌性髄膜炎の50%以上に皮疹が認められます。さらに、痙攣、脳神経麻痺、部分的な神経障害などが起こることもあり、これらは特に、肺炎球菌性髄膜炎に多くみられます。死亡率は、患者の年齢、様々なリスクファクター、起炎菌などに因りますが5-40%と報告されております。一方、新生児では、初発症状は哺乳量の低下、下痢、嘔吐、刺激性の亢進など、通常、非特異的で、数時間以内に意識障害に陥ることも多く、死亡率は30-60%と報告されております。
起炎細菌は、鼻、咽頭粘膜への飛沫感染から血中に移行し髄膜炎を起こすと考えられますが、髄膜炎の起炎菌の中には常在菌として咽頭粘膜に存在しているものもあり、通常の免疫状態で細菌性髄膜炎を起こすことはたいへん稀です。
検査医学では細菌性髄膜炎の診断は、CSF所見によってなされ、髄液圧の上昇、好中球主体の白血球数の増加、糖の減少(<40mg/dL)、蛋白の増加を特徴としており、CSFのグラム染色では50-80%の症例で起炎菌を発見でき、CSFの培養では少なくとも85%の症例で陽性となります。しかし、検査前に抗生物質で治療を開始している症例については、これらの検査の感度(sensitivity)は50%以下となります。また、代表的な起炎菌に関してはその抗原検査がCSFで可能であり、短時間で結果が出るためたいへん有効な検査です。しかし、この検査の特異度(specificity)は高いのですが、感度がグラム染色とほぼ同様であるため、陰性検査結果がこれらによる細菌性髄膜炎の否定にはなりません。CSFの細菌DNAを用いたPCR検査も可能で、その感度、特異度ともかなり高いのですが、ルーチンに行われる検査ではありません。
神経放射線学的な検査(CT, MRI)は、視神経乳頭浮腫、痙攣、局所神経症状などを有する症例には行われますが、髄膜炎のルーチン検査には含まれません。
細菌学的に、主たる起炎菌は、以下の通り(それぞれ、最も多い菌から順に列挙してあります)患者の年齢層によって異なっております。これは、抗生物質治療に重要な情報となります。
A)新生児期: | (1)B群連鎖球菌(Group B streptococcus)、(2)大腸菌(E.coli)、 (3)その他(リステリア菌、プロテウス菌) |
B)小児、思春期: | (1)髄膜炎菌(Neisseria miningitidis)、 (2)肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae) |
C)成人期: | (1)肺炎球菌、(2)髄膜炎菌 |
注意すべき点としてこれらは、欧米の統計であり、日本では小児期、特に5歳以下の幼児にヘモフィルス-インフルエンザb型菌(Hib)による髄膜炎が最も多くみられることを忘れてはいけません。これは欧米では乳幼児の定期予防接種にHibワクチンが行われるようになって(米国では1988年)から、それまで最も多かったHibによる髄膜炎が激減しているためです。
また、脳外科手術後の髄膜炎は、ブドウ球菌、グラム陰性桿菌(大腸菌、肺炎桿菌など)、脳室シャントを有する患者の髄膜炎(脳室炎)は、表皮ブドウ球菌、黄色ブドウ球菌、によるものが多いと報告されております。
予防接種は、Hib以外に、髄膜炎菌、肺炎球菌のワクチンがありますが、その有効性、安全性はHibに圧倒的に劣ります。このため、全ての人が接種の対象ではなく、前者は、脾摘後、免疫不全患者といった高危険(high-risk)群に属する人、或いは、流行している地域への旅行者に対して、後者は、高齢者(65歳以上)、免疫不全患者に対して接種が勧められています。さらに、米国Centers for Disease Control and Prevention (CDC)は、1999年に全ての大学生、特に構内で共同生活をしている者、に対して髄膜炎菌ワクチンの接種を勧めております。しかし、髄膜炎菌ワクチンは、5種類の髄膜炎を起こす血清型(serogroups)のうち、25−30%を占めるserogroup Bに対しては無効で、さらに、18ヶ月以下の乳幼児に対しての効果は限られております。また、肺炎球菌ワクチンも、2歳以下の乳幼児に対しては有効ではありません。
病理学的には、クモ膜下腔の化膿性滲出物(好中球浸潤)の貯留を特徴としておりますが(図1A)、上記に示した起炎菌の同定以外に、肉眼的、組織学的に細菌性髄膜炎に特異的な病理所見は存在しません。組織学的に、炎症細胞は、時間が経つにつれ、リンパ球、組織球の割合が増え、発症1週間後にはこれらが優位となってきます(図1B)。また、線維芽細胞の増生も認められるようになります。好中球は、髄膜、脳皮質の血管壁に浸潤する傾向があり、小血管内の血栓形成、これによる部分的な出血性梗塞巣がしばしばみられます。これらは新生児髄膜炎により多く認められます。また、クモ膜下腔、そしてこれに連続する脳室の線維化により水頭症の合併がよくみられます。
病因論的には、髄膜炎による組織破壊の発生機序は、起炎細菌による直接破壊というより、細菌感染に対する生体の炎症反応(好中球浸潤)に因るものの方が大きいと考えられております。好中球浸潤が組織傷害を起こし、ここから細胞傷害性フリーラディカルの放出が起こり組織の傷害はますます進行して行きます。さらに、最近の動物実験では、神経興奮性のアミノ酸の脳内放出が細菌性髄膜炎で起こることが示されております。これらの直接傷害物質をターゲットとした治療法も研究されております。
次に、各論として、B群連鎖球菌性、リステリア菌性髄膜炎についてそれぞれ述べます。
- B群連鎖球菌性髄膜炎 (Group B streptococcal meningitis)
細菌性髄膜炎はその後の時期と比較しても、新生児期に最も多くみられ、総論にも示しましたが、B群連鎖球菌(GBS)は新生児髄膜炎の最も多い起炎菌となっております。GBS感染症は、新生児の約半分が、生後1週間以内(その多くは生まれて数時間以内)の発症で(早発型)、残りが生後1週間後から数ヶ月後の発症です(遅発型)。GBS髄膜炎は遅発型の方により多く見られます。現在のところ、GBS感染症に有効なワクチンは開発されておりません。約4人に1人の妊婦がGBSを膣、或いは、直腸内に有しており(キャリアー)、その大部分は無症状で、この(無治療の)妊婦から生まれた児は1/200の確率でGBS感染症(出産時感染)を起こします。出産時、これら妊婦へのペニシリンの静注によりこのリスクが20分の1(1/4000)となるため、米国ではこのGBSキャリアー妊婦を発見し、新生児へのGBS感染のリスクを治療によりできるだけ少なくするようにCDCのガイドラインが設けられております。帝王切開による出産は治療オプションには含まれていません。このガイドラインにより、全ての妊婦は、妊娠35−37週目に膣と直腸からサンプルを採り細菌学的検査によりGBSの有無が検査されます。以上のように、早発型はキャリアーの母親からの出産時感染であり予防可能な疾患で、この発生率はガイドラインの施行後減少しております。一方、遅発型の半分は同様に出産時感染と言われておりますが、残りの症例の感染経路は不明で、キャリアー妊婦のペニシリン静注治療がこのタイプのGBS感染症の予防に有効ではないことが知られております。このため、1990年代から、早発型とは対照的に、遅発型の発生頻度は変化がなく、現在、この予防法の研究が活発に進められております。
- リステリア菌性髄膜炎(Listerial meningitis)
Listeria monocytogenesは、以前から新生児髄膜炎の起炎菌の一つとして知られていましたが、最近は全ての年齢層でこの細菌による髄膜炎が増加しており、あるレポートでは成人の髄膜炎症例の約10%を占めるに至っております。リステリア菌は、他の細菌に比べて熱・塩・酸に強く、過酷な環境下でも生きる力が強い細菌で、土壌、植物、食物、塵など広範囲に渡って同定されています。また、マクロファージなどの食細胞に感染する通性細胞内寄生性菌であり、細胞内では細胞骨格を形成するアクチンを利用して細胞内を移動して、さらに隣接する細胞に侵入するという特徴を有します。人体への感染経路は感染した食物の摂取(food-borne)が最もよく知られております。リステリア症は、成人例では、高齢者、妊婦、細胞性免疫が低下した患者(エイズなど)に多く認められます。リステリア菌は、大脳皮質へ浸潤することが多いため、髄膜脳炎(meningoencephalitis)、膿瘍となることが多く、また、多くの例で脳幹への浸潤も認められます(rhomboencephalitis)。このため、多数の脳神経麻痺症状、特に外転、顔面神経麻痺、半身麻痺、運動失調、呼吸不全が認められます。妊婦への感染(菌血症)は、母体は症状が軽いことが多いのですが、細菌が容易に胎盤へ浸潤するため胎児への影響は大きく早産、敗血症、胎児死亡や新生児髄膜炎を引き起こします。検査医学的に、リステリア菌性髄膜炎のCSF所見は、他の細菌性髄膜炎と異なり好中球が占める割合が減少し、その一方、単核球の割合が増し、髄膜脳炎の症例では80-90%にも達することがあります。さらに、細胞内寄生菌であるため、CSFのグラム染色で菌が発見されることは稀です(低感度)。このCSF所見は、ヘルペス感染症などのウィルス性髄膜炎、髄膜脳炎、結核性髄膜炎、ライム病などと間違える可能性があるため要注意です。
- その他 (最近の話題として)
数年前の話になりましたが、郵便物を使った炭疽菌テロが全米の各地に広がったのは日本でも話題となりました。炭疽菌(Bacillus anthracis)は大型のグラム陽性桿菌で、芽胞となると乾燥や熱、紫外線に強く、長く土壌中などに生存しております。テロに使われるものは、芽胞を吸い込んで感染しやすいように特殊な化学物質で加工されたものです。この菌は、皮膚の傷口からと吸い込みによる肺からの感染が主体です。炭疽菌による髄膜炎は、菌の全身播種の際にみられる可能性があり、しばしば出血性です。CSFのグラム染色検査で、大型のグラム陽性桿菌の存在が炭疽菌性髄膜炎の仮診断となります。
- 結核性髄膜炎(Tuberculous meningitis)
慢性細菌性髄膜炎(Chronic bacterial meningitis)として、結核性髄膜炎を取り上げます。
結核性髄膜炎は、発展途上国、特にアフリカの国々では、エイズの影響もあり、最も多い細菌性髄膜炎となっております。これらの国では、子供の罹患率が高く、結核菌の初期感染後3−6ヶ月で発症します。一方、日本、米国のように結核の罹患率、有病率が低い国では、結核性髄膜炎は大人に多く、大脳皮質下、或いは、髄膜内の潜伏感染巣(dormant focus)から内因性再燃(endogenous reactivation)を起こすことによって発症します。動物実験ですが、他の場所の潜伏感染巣から、内因性再燃後に細菌が血行性に直接髄膜に感染して結核性髄膜炎が起こるということは稀のようです。
臨床的に、結核性髄膜炎は亜急性の発症、経過で、強い頭痛、嘔吐、発熱などの症状で始まり、項部硬直、進行すると意識障害、脳神経障害、痙攣症状を併発します。死亡率は、20−30%で、残念なことに、診断時には不可逆性の神経後遺症が既に起こっていることも多いです。結核の罹患率、有病率が低い日本などでは、免疫不全患者、アルコール、薬物依存患者、発展途上国からの移民、旅行者などに髄膜炎がみられた時に結核性も疑わなくてはなりません。これらの患者の約50%には以前に、喀痰検査陽性の肺結核患者との接触の既往があります。また、胸部レントゲン写真では、50−80%の結核性髄膜炎患者に結核による変化が認められます。
内因性再燃により髄膜内、或いは、大脳皮質下の潜伏感染巣から結核菌とこれに関係する肉芽腫組織がクモ膜下腔に流出すると、肉眼的にゼラチン様の浸出物となり、これは脳底部(特に脚間窩、鞍上部)に多く見られます(basal meningitis)。このbasal meningitisは、脳神経(特に、動眼、外転、顔面神経)麻痺の原因となり、また、クモ膜下腔の癒着により後遺症として閉塞性水頭症が発生します。病理組織学的に、この浸出物はリンパ球、組織球、(わずかな)形質細胞、壊死物質、線維素などからなり(図2A)、典型的には中心乾酪壊死を有する肉芽腫の形成がみられます(図2B)。また、抗酸性染色により結核菌が証明されることもあります(図2C)。炎症細胞は、表層脳実質内に直接浸潤することが多く(encephalitis, myelitis)、同部には反応性のグリオーシスも認められます。また、炎症細胞は、クモ膜下腔内の血管外膜から中膜、さらには内膜まで浸潤し、内腔の狭窄(obliterative vasculitis, endarteritis)、血栓の形成、またこれによる脳梗塞が起こります。脳梗塞は、特に、表層脳皮質、また、中大脳動脈の穿通枝の障害により基底核によく認められます。
髄液所見では、圧の上昇、単核球優位の細胞数増加(100-500/mm3)、高蛋白、低グルコース、アデノシンデアミナーゼ(ADA)の増加がみられますが、細菌性髄膜炎のそれと較べて明らかに弱い所見を示します。10−20%に、蛋白、グルコースの値が典型的な所見を示さない例もみられます。髄液の結核菌の塗抹検査は通常、陰性で、培養も最大25%の症例で陰性ですが、髄液のPCRによる結核菌DNAの検出の感度、特異度とも高くなっております。
治療は、結核性髄膜炎が疑われたら、個々の検査結果に関わらずすぐに開始することが肝要です。最初の2ヶ月は、イソニアジド+リファンピシン+ピラジナミド+エタンブトールの4剤を併用した治療その後、4ヶ月は、イソニアジド+リファンピシンによる治療を世界保健機関(WHO)は推奨しています。
結核予防に関しては、米国と異なり日本ではBCG接種(初回接種と再接種)を制度化しております。BCG接種の有効性に関する共通の理解として、BCG接種は肺結核の発病を50%防ぐとともに、結核性髄膜炎や粟粒結核などの重症結核の発病防止にはさらに高い効果が認められております。特に、乳幼児の結核発病、重症化防止には極めて有効であり、生後6ヵ月に達するまで(通常は、生後3ヵ月から6ヵ月に達するまで)にBCG接種を受けることが勧められております。その一方、BCGの再接種の有効性に関しては科学的証明されておりません。
- 脳膿瘍(Brain abscess)総論
脳膿瘍とは化膿性細菌によって脳実質内に膿(のう、うみ)が貯留した状態をいい、発生率は約10万人に1人です。初期の症状は、通常は頭痛(症例の約50%)、神経学的脱落症状、或いは、痙攣発作です。細菌の感染経路としては、その約50%が副鼻腔、中耳、齲歯(虫歯)などの感染巣からの直接侵入で、前頭葉、側頭葉に膿瘍の形成が多く見られます。嫌気性菌を含む多種の細菌の混合感染が多く、その中でも、連鎖球菌(Streptococcus milleri)(α溶血を示す嫌気的な口腔内常在菌)が最も多く分離されております。脳膿瘍の約25%が血行性の播種で、子供では右→左シャントの存在する先天性心疾患に、大人では気管支拡張症、肺膿瘍、亜急性心内膜炎からの敗血症性塞栓(septic emboli)によるものが最も多く、膿瘍の形成は(通常、中大脳動脈領域の)灰白質−白質境界部(gray-white junction)に多発性に見られることが多いです。起炎菌は、連鎖球菌(Streptococcus viridans)、嫌気性菌などが多く分離されております。また、乳幼児では、Citrobacter diversus, Proteus mirabilisによる髄膜炎の合併症として脳膿瘍がみられることがあります。その他の、脳膿瘍の原因としては、頭蓋骨の外傷、脳外科手術などが挙げられます。興味深いことには、閉鎖性の(頭蓋骨の損傷を伴わない)脳外傷でも、脳膿瘍の合併が報告されており、壊死脳組織の存在自体が感染、脳膿瘍の形成の危険因子になっていることが考えられております。稀に、脳梗塞に合併する脳膿瘍も同様の機序が考えられます。
また、全身の免疫低下状態が、脳膿瘍の重要な危険因子の一つになっており、その起炎微生物は以下のものが挙げられます。1)トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)、2)ノカルジア(Nocardia asteroides)、3)リステリア(Listeria monocytogenes)、4)グラム陰性桿菌、5)抗酸菌(Mycobacteria)、6)真菌。(ノカルジアは下記VIIで、トキソプラズマ、真菌感染に関しては、それぞれ、第5、4章で述べます)
病理組織学的に、脳膿瘍の進展は、部分的な化膿性脳炎(感染後1−2日目)→中心部に壊死を伴った部分的な化膿性脳炎(2−7日目)→初期の肉芽組織による被包化(encapsulation)(5−14日目)→後期の肉芽組織による被包化(encapsulation)(14日目以降)に分けられます。また、典型的な脳膿瘍の組織学的形態は、4つの層に分けられ、中心部から、i) 好中球浸潤を伴う壊死巣(図3B、C)、ii) 肉芽組織、iii) 線維性被膜(線維芽細胞の増殖と豊富な膠原線維の形成)、iv) 反応性のグリオーシスと浮腫からなります。この内、ii)-iv)が膿瘍の"被膜(壁)"となり、局在診断に不可欠な放射線学的検査(CT検査など)で強く造影される部分となります(図3A)。しばしば、脳腫瘍のなかには,脳膿瘍と非常によく似た症状,画像を示すものがあり、このような時には術中迅速病理診断で手術、治療方法を決定する場合もあります。
治療は、症例ごとによって異なり、抗生物質を使用した化学療法、手術治療(切開、排膿など)、頭蓋内圧のコントロールがあり、これらの組み合わせからなります。全体の死亡率は約20%で、生存者でも50%以上に痙攣発作の持続、知能障害、局所的な神経症状の出現と持続が起こると言われています。
次に各論として、ノカルジアによる脳膿瘍について述べます。
- ノカルジアによる脳膿瘍(Nocardial brain abscess)
ノカルジア症は、大部分がActinomyces属に属するNocardia asteroidesによる感染症で、一般に免疫機能の低下した人(特に、臓器移植後患者、AIDS患者)に皮膚ノカルジア症、肺および全身性のノカルジア症を引き起こします。この細菌は土壌などの環境の広く分布し、かつては真菌とされてきた好気性放線菌で、mycotic acidを含む厚い細胞壁を有し抗酸性を呈します(図3D)。脳へは肺の感染巣から血行性に感染し、膿瘍、或いは髄膜炎を引き起こします。組織学的には、膿瘍に肉芽腫様の変化は稀で、巨細胞はみられません。細菌は、細く枝分かれした、径1mm程の菌体で、Grocott's methenamine-silver(GMS)染色、抗酸菌染色で陽性になります。
- "硬膜下"膿瘍/蓄膿(Subdural abscess/empyema)
硬膜下膿瘍は、"硬膜下"に膿が貯留した状態で、一旦、膿が貯留すると通常、短時間のうちに広範囲に広がるため、英語の用語としては"abscess"というよりも"empyema"を使用することが多いです。ここで話はそれますが、硬膜下腔(subdural space)というものは解剖学的に、実際には存在せず、硬膜(dura)とその下のクモ膜(subarachnoid)とはわずかな細胞接着を有する連続した組織であることが証明されております。このため、"硬膜下"とは実際のところ、"硬膜内"なのかもしれません。ここでは、話をわかりやすくするため、"硬膜下"という用語を使います。
硬膜下膿瘍は、大部分は小脳テントの上に形成されることが多く、通常は、副鼻腔炎、中耳炎からの直接感染が原因となっております。組織学的には、肉芽組織に覆われた膿(好中球、壊死物質)の形成からなります。細菌学的には、頭頸部の感染巣からの直接感染による脳膿瘍と同様に、嫌気性菌を含む多種の細菌の混合感染が多く、その中でも、連鎖球菌(Streptococcus milleri)が最も多く分離されております。また、頭部外傷に合併した硬膜下膿瘍は、ブドウ球菌の感染が多いことが知られております。治療には外科的な排膿が必要です。
- 硬膜外膿瘍(Epidural abscess)
硬膜"下"膿瘍と異なり、硬膜"外"膿瘍の大部分は、脊椎菅内に起こり数脊椎分節に渡って膿瘍の形成がみられることが多い感染症です。感染源としては、脊椎の骨髄炎、咽後膿瘍、皮膚洞の感染、硬膜外麻酔などがあり、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が最も多く分離される細菌です。頭蓋内の硬膜外膿瘍も稀ですが起こり、頭蓋骨の縫合が存在するためレンズ状の形態を呈します。この感染源は硬膜下膿瘍と同様です。
第4章 中枢神経系の真菌感染症
多くの病原真菌は日和見性で,抵抗力の弱っている人に侵入しない限りは,通常は病原性はありません。この例外が、北米で稀にみるブラストミセス(Blastomyces dermatitidis)とコクシジオイデス(Coccidioides immitis)による真菌感染で、これらは抵抗力の弱っていない人にも起こると言われております。CNSへの真菌感染は、その大部分が体内の他の部分の感染巣からの血行性感染で、通常、髄膜炎、或いは、脳内の肉芽腫、膿瘍として起こります。最も多い髄膜炎の起炎真菌は、クリプトコッカス(Cryptococcus neoformans)とカンジダ(Candida spp.)です。
生体に侵入する真菌は、通常、酵母(yeast)、菌糸(hyphae)の2種類の形態をとり、形態学的(病理のスライド上の形態)に、この2種類に分けて考えれば理解しやすくその同定も可能になると考えます。代表的な病原真菌を以下に分類してみました。
A)酵母: | クリプトコッカス、コクシジオイデス(Coccidioides immitis)、ヒストプラズマ(Histoplasma capsulatum)、ブラストミセス(Blastomyces dermatitidis) |
B)菌糸: | アスペルギルス、ムコール、フサリウム(Fusarium) |
C)その他: | カンジダ(一部を除き)は酵母が伸びて菌糸様の構造(偽菌糸pseudohyphae)をとるため、酵母と偽菌糸の両者がみられます。 |
この形態的な特徴は、真菌の同定のみならず、CNSに引き起こされる病態とも関連があります。酵母型は、血管を完全閉塞させるには径が小さいため、髄膜炎の形態をとることが多いです。一方、菌糸型は、その大型の形態ゆえ、比較的大きい血管を閉塞し、大きな梗塞巣を形成することが多いです。
診断は通常,感染組織から採取した検体(髄液、脳組織)から病原真菌を分離することによって確定されます。真菌培養はgold standardですが、時間がかかるため、初期の治療の指標としては役に立ちません。検査医学的に、全身性真菌感染症には免疫血清テストが利用可能ですが、抗真菌抗体検査は,多くが感度および/または特異性が低いためにその有用性は限られております。より有用な検査として、クリプトコッカス-ネオフォルマンスやヒストプラスマ-カプスラーツムでは特定の抗原物質を測定する検査があり、特に前者はたいへん有用です。
組織学的には、真菌感染が進行すると、肉芽腫(granuloma)が髄膜内、膿実質内に形成されるのが典型的ですが、患者側の免疫力によりその形成の程度は様々です。細菌感染症と異なり、侵入している真菌の独自の形態学的特徴に基づいて,組織病理学的に高い精度で感染している真菌を同定可能ですが、類似形態を採るものも多いため、最終診断は培養によってなされます。組織標本では、通常のH&E染色以外に、特殊染色(periodic acid-Schiff [PAS]、Gomori's Methenamine Silver [GMS])が有用です。真菌のDNA診断は感度、特異度とも高いですが、一般的な検査ではありません。
次に、各論として、カンジダ、クリプトコッカス、アスペルギルス、ムコールによる感染と、最近徐々に増えてきている黒色真菌による感染について述べたいと思います。コクシジオイデス(図4A)、ヒストプラズマ(図4B)、ブラストミセスは、米国ではしばしば遭遇し、その診断はたいへん重要ですが、日本ではほとんどみられないためここでは前2者の私たちが経験した症例の写真のみを呈示します。
- カンジダ症(Candidiasis)
カンジダ属は、腸内、時に皮膚、の共生生物であり、他の全身性真菌症と違い,カンジダ症は内因性の生物によるもので,一般に周囲の環境から感染するものではありません。カンジダ属はCNSに感染する真菌では最も多いもので、この中ではCandida albicansが大部分を占め、この他にCandida tropicans, Candida glabrataなども稀ですが認められます。通常、CNSへの感染は免疫不全患者に全身感染症の一部として起こり、脳内(特に、前、中大脳動脈還流領域)に多数の小さな膿瘍の形成がよく知られております。また、小さな肉芽腫の形成もみられることがあります。通常、髄液の培養検査で陽性となることはほとんどありません。
- クリプトコッカス症(Cryptococcosis)
被包性酵母であるCryptococcus neoformansで汚染された土壌を吸い込むことでかかる感染症です。この真菌のCNSへの感染は、肺の初期感染巣からの血行性感染で、通常、髄膜炎(髄膜脳炎)、或いは、稀に膿瘍(cryptococcoma)として起こります。クリプトコッカスは真菌性髄膜炎の最も多い起炎真菌です。
クリプトコッカス髄膜炎は、稀に、明らかに免疫不全ではない人にも起こりますが、圧倒的多数は、免疫不全患者で、頭蓋内圧亢進による症状を呈します。組織学的に、髄膜への炎症細胞浸潤、肉芽腫の形成はわずかなことが多く、約半数の症例で、脳実質内への浸入、特に血管周囲への浸入が起こり、肉眼的に、クリプトコッカス莢膜多糖類の蓄積のためゼラチン様にみえる嚢胞性病変(soap bubble appearance)を多数認めます。髄液検査では、髄液蛋白の上昇と単核細胞増加がよくみられ,グルコースはしばしば低く、多くの症例で基底部の狭い芽を形成する被包性酵母をインドインク塗抹でみることが出来ます。ただ、経験の少ない観察者は、リンパ球をクリプトコッカスとして見間違えることもあるため注意が必要です。また、CSF細胞診の検体としてもしばしば提出されますが、菌体の数が少ないこともあり、注意深くみることが必要です(図5A, B)。クリプトコッカス莢膜多糖類抗原検査は,髄膜炎の症例の90%以上の髄液および/または血清で検出されるためたいへん有用な検査です。
- アスペルギルス症(Aspergillosis)
アスペルギルス属は環境中で最もよくみられる糸状菌の1つで,腐敗植物(堆肥),断熱材(スチール梁の周囲の壁や天井),エアコンやヒーターの吹出し口,空気で運ばれる埃などの中で頻繁に見つかります。CNSの感染は、肺外播種性アスペルギルス症の一つで、通常、肺感染巣からの血行性感染によりますが、副鼻腔、中耳、或いは眼窩の感染巣、頭蓋骨の外傷部からの直接侵入が原因のこともあります。大部分の症例が、Aspergillus fumigatus、Aspergillus flavusにより起こり、これらは、形態学的に、鋭角に分枝する、隔壁(septum)を有する菌糸で、Grocott染色などで隔壁の形成が明瞭になります(図6B)。特徴的に、この真菌は血管浸潤性(angioinvasive)であるため、比較的大きな血管内の血栓形成により、病変は出血性梗塞に似た肉眼所見を呈します(図6A)。組織所見では、血管壁内に浸潤している菌糸がみられ、これによる血管内の血栓の形成、出血、梗塞巣も観察できます。また、様々な程度の炎症細胞浸潤、肉芽腫の形成も認められます。
- ムコール症(Mucormycosis)
ムコール症は日和見性の深在性真菌症で、世界中に見られ、ムコール目のAbsidia, Rhizopus, Mucor種が病原菌です。この中で、Rhizopusが多くを占め、形態学的に、幅広くほぼ直角に分枝する、隔壁のほとんどみられない(pauciseptated)菌糸を特徴としております(図7A)。CNSへの感染は、肺などの感染巣からの二次性血行性感染を特徴とする他の大部分の真菌感染症とは異なり、鼻−脳型(rhinocerebral mucormycosis)、つまり、顔面皮膚、鼻粘膜、上咽頭粘膜の感染巣から篩板を通って、或いは、蝶形骨洞粘膜の感染巣から直接、脳に浸入する方が多くみられます。もちろん、血行性の播種性CNS感染も認められます。多くの患者は、コントロール不良の糖尿病を患っていることが多く、糖尿病性ケトアシドーシスと関係しております。アスペルギルス同様、血管浸潤性の真菌で(図7B)、比較的大きな血管の血栓形成、これによる大きな出血性梗塞巣が認められます。経過は急性で殆どが致死性で、剖検で診断がつくことも多いです。
- 黒色菌糸症(Phaeohyphomycosis)
壁内にメラニン色素を有する黒色真菌(dematiaceous fungi)による感染症で、皮膚科領域の症例(皮膚感染)が多いのですが、中には神経好性のものがあり、稀ですがCNS感染の原因となり得るためここで取り上げたいと思います。私たちの施設でもここ3年のうちに、5症例(脳感染)を経験しております。
CNSに感染する黒色真菌で最も多いものが、Cladophialophora bantianaで、神経好性(皮膚の感染巣からの血行性感染)で膿瘍の形成を特徴としております(図8A, B)。最近の報告によると、この真菌の感染の多くは、正常の免疫機能を有する人により多く起こるとされています(私たちの症例は、全てが免疫不全患者でしたが)。死亡率は、免疫状態に関わらず60−70%と報告されております。これらの真菌は脳生検の術中迅速診断組織標本上で、特徴的な黒色の形態から容易に発見でき、術後の迅速な治療に貢献できることを私たちは経験しております。
第5章 中枢神経系の寄生虫感染症
ここでは、原生動物(protozoan)として、アメーバ、トキソプラズマを、後生動物(metazoan)として、嚢胞虫症(cysticercosis)を取りあげます。
- アメーバ感染症(Amebic infections)
アメーバによるCNSの感染は、以下の3種類が知られております。
A) | アメーバ性脳膿瘍(cerebral amebic abscess) Entamoeba histolyticaの腸管、或いは肝臓の感染巣からの血行性CNS感染で、たいへん稀な疾患です。通常、致死的です。組織標本では、壊死組織とともにアメーバがみられますが、壊死組織を貪食した組織球との鑑別が困難なことが多いです。 |
B) | 原発性アメーバ性髄膜脳炎(primary amebic meningoencephalitis) Naegleria fowleriの経鼻感染で、(外国での)天然温泉への入浴や湖沼での水泳によって起こります。重要なことは、次のC)と対照的に、正常の免疫機能を有する人に起こります。非常に急性の経過をとり、発熱や嘔吐を伴う頭痛からはじまり、意識混濁などの神経症状を経て、1週間以内で死に至ります。このため、確定診断は剖検時になされることが多いです。剖検時の脳は、浮腫が強く、前頭葉下面に出血性壊死を認めることも多いです。 |
C) | アメーバ性肉芽腫性脳炎(Granulomatous amebic encephalitis) Acanthamoeba spp. 或いは、これと形態学的には区別不能のBalamuthia mandrillarisにより引き起こされる感染症で、免疫不全患者に血行性に感染して発生します。亜急性−慢性の経過をとり、通常は致死的です。組織学的には、多数の肉芽性の膿瘍を形成し、血管周囲を主体にアメーバが認められます(図9)。臨床的な鑑別診断として、トキソプラズマ症、細菌性膿瘍、原発性のCNS悪性リンパ腫が挙げられます。 |
- トキソプラズマ症(Toxoplasmosis)
トキソプラズマ症は、ネコを終宿主とする人畜共通感染性の細胞内寄生性原虫Toxoplasma gondiiによる感染症で、世界中でみられる感染症ですが、有病率には地域で大きな差があります。ヒトからヒトへの感染はありません。これは生後の脳感染症(postnatally-acquired cerebral toxoplasmosis)と胎児期感染(congenital toxoplasmosis)の2つに分けられます。人間への感染経路としては、シストを含んだ食肉(羊肉・豚肉・鹿肉など)やオーシストを含むネコの糞便に由来する経口感染が主です。血清抗体陽性者は、20−40%と言われています。
前者は、細胞性免疫不全患者に多くみられ、初感染というよりは内因性再燃(reactivation)が原因として考えられております。また、エイズ患者に起こる多発性脳腫瘤病変の最も多い原因で、エイズのindicator diseaseでもあります(図10B)。放射線学的には、CT, MRIで、通常、多発性のリング状に造影される腫瘤としてみられます(図10A)。組織学的には、壊死性の膿瘍、これを取り囲むように、新生血管の増生、反応性のグリオーシス、血管炎などが認められます。Toxoplasma gondiiの菌体は、壊死巣周囲のviableな組織にみられることが多く、小型のコンマ状の急増虫体(tachyzoites)と無数の緩増虫体(bradyzoites)を含むシストを認めます(図10C)。抗トキソプラズマ抗体による免疫染色も可能で、感度、特異度とも高くなります。また、腫瘍性病変(特に悪性リンパ腫)を除外できずに生検される症例については、術中迅速診断時の押印細胞診(H&E染色)にても菌体を発見することが可能です(図10D)。
後者の先天性のトキソプラズマ症は、トキソプラズマ抗体陰性の妊婦への初感染時に起こり得ます。感染後、寄生虫血症が生じるのですが、妊婦自体の症状は、無し〜軽度で経過しますが、その後、トキソプラズマは血行的に胎盤に感染・増殖し、胎児の脳などの実質臓器に波及します。妊娠中の初感染の約30%が経胎盤感染し、数%から20%に典型的な先天性トキソプラズマ症状(顕性感染:胎内死亡、流産、網脈絡膜炎、小眼球症、水頭症、小頭症、脳内石灰化像、肝脾腫など)を発症します。一般に、妊娠後期の方が胎児感染の可能性が高いのですが、妊娠前期の感染の方が重篤化しやすいと言われております。
- 脳嚢胞虫症(Cerebral cysticercosis)
日本における寄生虫疾患は、 海外渡航者の激増により海外 (特に熱帯地域、 発展途上国) で感染する日本人の増加、 輸入食品 (生鮮魚介類、 肉類、 有機野菜等) の激増による国内で感染するケースの増加、 また外国人就労者の増加により、今後、ますます増加するものと考えられます。この中で、ときに致命的になることもある脳嚢胞虫症は、有鉤条虫 Taenia solium(pig tapeworm)の幼虫Cysticercus cellulosaeの感染で起こり、十分加熱されていないブタ肉を摂取することによって感染します。この疾患はある発展途上国では成人に初発する痙攣の最も多い原因であり、大きな社会問題となっています。南米のある国では、かなりの豚がこの寄生虫に感染しており、この全てを処分することはその国の経済が傾く可能性があるため、手をつけれない状態だとも聞いております。症例は発展途上国だけではなく、当院でも年に1−2例を経験しており、その中では、生まれも育ちも米国ヒューストンで海外旅行の経験のない人に起こった症例も経験しております。感染した脳には、特に、灰白質、髄膜、脳室内に、径1-2cm大の1−多数個の嚢胞の形成が認められ(図11A)、各嚢胞には1個ずつの頭節(scolex)を含んでいます(図11B)。虫体が死ぬことによって、強い炎症反応が起こり、それまで無症状だった嚢胞は症状(頭痛、痙攣など)を引き起こすことが知られています。
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