神経細胞性腫瘍 Neuronal tumor
2005年12月
埼玉医科大学病理学教室 廣瀬隆則
第1章 神経細胞性腫瘍とは
 脳腫瘍は胃癌や肺癌に比べると頻度の低い腫瘍で、胃癌の約1/10しか発生しません。しかし、患者さんには深刻な影響を及ぼすため、重大な病気の一つと考えられています。ところで脳腫瘍とは頭蓋骨内に発生する腫瘍の総称名であり、一つの腫瘍タイプをさす言葉ではありません。実はその中に悪性度や治療法の異なる数多くの腫瘍が含まれています。
 脳腫瘍の種類を理解するためには、脳を構成する正常細胞を知ることが必要です。まず脳は髄膜と呼ばれる膜に包まれています。この膜の中にある脳実質を構成する主要な細胞に神経細胞と膠細胞があります。神経細胞は私たちが考えたり、動くことができる中心的な役割を担っている細胞で、電気的シグナルを発生させ、神経線維を介してそのシグナルを次の神経細胞や筋肉に伝えていきます。一方、膠細胞には、神経細胞を補助する働きや脳を構築する構造材としての機能があります。実は、脳腫瘍のうち、頻度の高い代表的なものは、この膠細胞から発生する膠腫です。膠腫に関しては別の項目で詳しく述べられますが、大多数は悪性度が高く、治療も難しい腫瘍です。
 一方、神経細胞に由来する腫瘍も少数ながら存在しており、神経細胞性腫瘍と呼ばれています。この神経細胞性腫瘍に共通する性質として、いくつかの特徴を上げることが出来ます。まず患者さんの年齢が一般的な膠腫に比べると低く、小児や若年成人に発生することが多いということです。また、けいれん発作で発症することがしばしばで、てんかん患者として治療されていた方に見出されることもあります。最も重要なことは、膠腫に比べると悪性度が低いということで、手術でうまく腫瘍が摘出されれば、完治も期待できます。従って、この神経細胞性腫瘍を正しく理解し、診断と治療を行っていくことが、患者さんにとって大変重要になります。
 さてこの神経細胞性腫瘍の中にも数種類の性質の異なる腫瘍タイプがあり、ここではその代表的な例である神経節膠腫、線維形成性乳児神経節膠腫、中枢性神経細胞腫、胚芽異形成性神経上皮腫瘍について、それぞれ解説を行っていきます。

第2章 神経節膠腫Gangliogliomaについて
  1. 神経節膠腫とは
     神経細胞性腫瘍の代表的なもので、正常に近い大型神経細胞の増殖を特徴とします。ただ神経細胞以外に、膠細胞の増殖を伴っていることが多く、神経節膠腫と呼ばれています。このように神経性腫瘍では、神経細胞と膠細胞が共存することが稀でなく、混合神経細胞膠細胞性腫瘍mixed neuronal-glial tumorと呼ばれることもあります。一方、神経細胞だけを腫瘍成分とする例もあり、それに対しては神経節腫gangliocytomaの呼称が与えられます。いずれも良性であることが大部分です。


  2. 臨床的な特徴
     発生頻度は低く、脳腫瘍全体の1%程度を占めるに過ぎません。小児から若年成人に好発し、中枢神経系のどの部位からでも発生しますが、大脳半球の側頭葉に発生することが一番多いとされています。大脳に発生した場合、しばしばけいれん発作で発症してきます。CTやMRIなどの画像検査では、境界明瞭な充実性腫瘍として描出され、しばしば(脳脊髄液を入れた)嚢胞を伴っています。また石灰化を伴っていることもよくあります。


  3. 神経病理学的な特徴
     神経節膠腫の診断には、異常に増殖した神経細胞を見出すことが必要です。腫瘍性の神経細胞は大型でよく分化しており、神経節細胞ganglion cellと呼ばれています。核は大型円形で、明瞭な核小体を持っており、細胞質は豊かで神経細胞に特有なニッスル小体が認められます(図1)。正常の神経細胞と区別するためには、形態や分布の異常を見つけることが重要です。例えば一つの細胞が二つの核を持つことは正常の神経細胞ではありませんが、この腫瘍の神経節細胞ではしばしばみられる所見です(図2)。また神経節細胞が相互に密に接して出現していれば、腫瘍性と判断する手がかりとなります。神経節細胞の検出には、このような形態学的な特徴に加えて、免疫染色や電子顕微鏡的解析も有効です。例えば神経節細胞では、シナプス関連蛋白であるシナプトフィジンやクロモグラニンA(図3)が陽性になってきますし、電子顕微鏡でみると細胞質内に神経伝達物質を入れた小型の分泌顆粒(図4)が多数観察されます。
     神経節膠腫ではさらに膠腫成分も認められます。その大部分は膠細胞の一種である星細胞であり、特に細長い突起を伸ばした毛様星細胞の増殖をみることが特徴です。細胞の間には好酸性顆粒状物質やローゼンタル線維の沈着が認められます。極めて稀ですが、悪性度の高い神経節膠腫の存在が知られており、退形成性神経節膠腫anaplastic gangliogliomaと呼ばれています。そのような例では、膠腫成分の細胞の異常が目立ちます。細胞分裂が増加し、壊死巣や異常な血管の発達が認められるようになります。


  4. 治療と予後
     大部分の神経節膠腫は良性の病変であり、治療は手術による摘出が基本となります。完全に取りきることができれば完治も期待されますが、全摘が難しい場所では予後不良の場合もあります。非常に稀ですが、悪性度の高い退形成性神経節膠腫の存在も知られています。この腫瘍は再発を来たし、予後は不良です。

第3章 線維形成性乳児神経節膠腫Desmoplastic infantile ganglioglioma
  1. 線維形成性乳児神経節膠腫とは
     長い腫瘍名ですが、乳児の脳の表面に近い場所に発生する稀な神経細胞性腫瘍です。神経節膠腫と同様に、神経細胞と膠細胞の増殖からなり、嚢胞形成と高度の線維化を特徴としています。巨大な病変を作ってきますが、摘出することで長期間の生存が期待できる良性の腫瘍です。


  2. 臨床的な特徴
     脳腫瘍の中には主として乳幼児に発生してくるタイプがありますが、線維形成性乳児神経節膠腫もその一つです。しかし、発生頻度は極めて低く、小児脳腫瘍の中では1%前後を占めているだけです。多くは1歳までの乳児に生じますが、例外的に年長の小児例も報告されています。頭が急に大きくなり、麻痺やけいれんをきたすことで、発見されることが多いようです。発生部位は大脳半球の表面に近い部分で、大きな嚢胞性病変として認められ、その壁の一部に硬い充実性の腫瘍が存在しています。


  3. 神経病理学的な特徴
     コラーゲンからなる線維状物質を膠原線維と呼びますが、線維形成性乳児神経節膠腫の一番の特徴は腫瘍細胞の間に大量の膠原線維が形成されることです。そのため他の脳腫瘍に比べて、硬い腫瘍となります。この豊富な膠原線維の間に、星細胞性の膠細胞と神経細胞の増殖が認められます(図5)。星細胞はglial fibrillary acidic protein (GFAP)という物質からなる細線維を有していますので、免疫染色でGFAPを染め出すことで、容易に認識されるようになります。一方、神経細胞の形態は様々で、神経節膠腫の神経節細胞ほど簡単には分かりません。しかし、こちらも神経細胞性のマーカーを免疫染色で染めることによって識別することが可能です。その他、小型で未熟な腫瘍細胞集団も認められますが、悪性腫瘍の指標である分裂像や壊死をみることは稀です。


  4. 治療と予後
     乳児に巨大な病巣を作ってきますが、意外におとなしい性格の腫瘍です。完全に摘出することができれば、長期間の生存が期待できます。

第4章 中枢性神経細胞腫Central neurocytoma
  1. 中枢性神経細胞腫とは
     若い成人の側脳室内に好発する神経細胞性腫瘍で、円形で均一な神経細胞のびまん性増殖が認められます。良性ではありませんが、低悪性度の腫瘍です。1982年にフランスのHassounらによって提唱された比較的新しい神経細胞性腫瘍です。


  2. 臨床的な特徴
     発生頻度は低く、頭蓋内腫瘍全体の0.5%以下にしか過ぎない稀な腫瘍です。脳内には脳室と呼ばれる空洞がありますが、中枢性神経細胞腫の大部分は大脳半球にある側脳室の内に発生してきます。なぜ側脳室内に生じるのか原因はよく分かっていませんが、発生部位はこの腫瘍を診断するうえで大変重要な情報となります。好発年齢は若年成人ですが、幅広い年齢層で発生することが知られています。脳室内には脳脊髄液が満たされており、その流れの通路になっていますので、脳室内が腫瘍で占拠されると、脳脊髄液の流れを妨げることとなります。その結果、脳室は拡張し水頭症と呼ばれる状態となり、さらに頭蓋内の圧力が増し、患者さんは頭痛や吐気を覚え、嘔吐をきたすようになります。CT、MRIなどの画像所見では、造影効果を示す境界明瞭な脳室内腫瘍として認められ、石灰化を伴うことがあります。


  3. 神経病理学的な特徴
     中枢性神経細胞腫を構成する細胞は小型で円形の神経細胞で、ニューロサイトneurocyteと呼ばれています。顕微鏡下では、円形の腫瘍細胞が単調に増殖する像がみられます。核も円形で、大きさや形がよく揃っており、細胞質は薄くピンク色に染まったり、明るく抜けてみえます(図6)。これらの腫瘍細胞は充実性に配列していますが、その間に核のない領域が島状に認められます。実はこの領域には細かな線維状物質が豊富に集まっています。ときには線維状物質の周囲を腫瘍細胞が取り囲み、大きな花冠(ロゼット)状配列を示すこともあります。また約半数の例では石灰化を認めるといわれています。
     神経細胞の特徴を明らかにするには、免疫染色や電子顕微鏡による検討が有用です。神経細胞に特異的なマーカーであるシナプトフィジンが線維状物質の領域に一致して陽性になります(図7)。またこの部分を電子顕微鏡で観察すると神経突起が無数に集まっている様子が観察されます。つまりニューロサイトから伸びた神経突起が集合し、絡まりあった場所が線維性物質を形成しているわけです。
     この円形のニューロサイトからなる神経細胞性腫瘍が認識されたのは大変重要な出来事でした。従来は、神経節膠腫でみられるような大型多角形の神経細胞からなる腫瘍だけが、神経細胞性腫瘍と考えられていました。しかし、小型円形のニューロサイトも神経細胞の一種であることが分かり、これ以降、神経細胞性腫瘍の枠組みが大きく広がり、新しい腫瘍概念が次々と提唱される時代になりました。


  4. 治療と予後
     原則的に摘出術によって治療が行われます。もし完全に摘出できず腫瘍が残存した場合には、放射線治療も考慮されます。比較的悪性度の低い腫瘍で、完全に切除されれば、良好な経過を示す場合が多いようです。ときに再発をきたすことがありますが、脳脊髄液の流れにのって他の場所へ広がることはありません。不完全切除では腫瘍の再増大が起こり、生命予後も悪くなります。

第5章 胚芽異形成性神経上皮腫瘍Dysembryoplastic neuroepithelial tumor (DNT)
  1. 胚芽異形成性神経上皮腫瘍とは
     大変難解な名前の付いた脳腫瘍で、1988 年にDaumas-Duport、Scheithauerらによって提唱されました。小児ないし若年成人に多い腫瘍で、神経細胞のある大脳皮質に発生するためか、ほとんどの例でけいれん発作が認められます。大脳皮質内に多結節性病巣を形成し、specific glioneuronal elementと呼ばれる組織所見を特徴としています。増殖能は乏しく、腫瘍と形成異常の中間的な性格を示す良性病変です。


  2. 臨床的な特徴
     これも稀な病変ですが、けいれん治療のために手術を受けた患者さんの中では数%程度に認められ、本腫瘍とけいれん発作の強い相関性を示しています。10・20歳代が好発年齢で、ほとんどの方が長期にわたる薬剤抵抗性の部分てんかん発作の病歴を有しています。大脳半球の表面側に位置する灰白質(皮質)、特に側頭葉、に発生してきますが、その他の場所に発生した例も報告されています。CTやMRIでは、灰白質を中心に病巣が認められますが、浮腫や腫瘍による周辺構造の圧迫はみられません。


  3. 神経病理学的な特徴
     肉眼的にどろどろとした粘液状の物質に富む腫瘍で、小嚢胞状にみえることもあります。この粘液が豊富な領域はspecific glioneuronal element と呼ばれており、灰白質の中で大小の島状に認められます(図8)。ここでは乏突起膠細胞oligodendrocyte に類似した円形の腫瘍細胞oligodendrocyte-like cell (OLC)が神経線維や小血管に沿って柱状に配列したり、胞巣状構造を示しています。また成熟した神経細胞が粘液の中に浮かんでいる像もしばしば認められます(図9)。周辺の灰白質には皮質異形成とよばれる形成異常の領域を認めることがあります。  胚芽異形成性神経上皮腫瘍の主たる腫瘍細胞はOLCですが、実はその細胞性格は未だ明らかにされていません。皮質異形成を伴っていることから、脳の形成異常が腫瘍発生にも関与している可能性が考えられています。謎の多い、神経病理学的には興味のつきない腫瘍です。


  4. 治療と予後
     良性の病変で、悪性化した例は知られていません。増殖能は乏しく、長期間にわたって観察してもあまり大きさを変えません。摘出術だけで、再発することはなく、またけいれん発作も軽快します。

第6章 神経細胞性腫瘍の病理診断
 現在、腫瘍は染色体や遺伝子の異常で発生することが明らかになっています。腫瘍によっては正常細胞から癌細胞にいたる一連の過程が詳細に分かってきました。ちょうど階段を上がって高い場所にたどりつく様に、数多くの遺伝子異常が段々と積み重なって、悪性腫瘍ができ上がるわけです。脳腫瘍も例外ではなく、特に膠腫ではその発癌過程が徐々に明らかにされてきました。ただ残念ですが、神経細胞性腫瘍ではいまだにその腫瘍化の遺伝子機構は不明です。発生数が少なく、また低悪性度の腫瘍が多いことなどが、研究の進展を遅らせているようです。したがって、現段階でも、神経細胞性腫瘍の多くは神経病理学的な特徴によって診断がなされています。
 神経細胞性腫瘍には良性ないし低悪性度の腫瘍が多いため、悪性度の高い膠腫と鑑別することが重要です。治療法は一般的に摘出術であり、放射線照射や抗癌剤の投与はあまり効果が期待できず、むしろ副作用や悪影響を与える可能性が高くなります。神経細胞性腫瘍が発生しやすい小児ではさらに不利益の程度が高まります。逆に膠腫を神経細胞性腫瘍と誤診しないことも大切で、必要な治療の機会を失うことにもなりかねません。珍しい腫瘍ではありますが、正しい病理診断が重要な理由はここにあります。そのためには、顕微鏡像の中から神経細胞性腫瘍に特徴的な神経病理学的所見を見つけ出し、必要に応じて免疫組織化学、電子顕微鏡、in situ hybridizationなどの病理学的手段も用いて、それぞれの症例を解析していくことが必要です。