第1章 神経膠腫(しんけいこうしゅ)とは
神経膠腫は、脳の内部に存在する膠細胞(グリア細胞或いはグリアと呼ばれる)の腫瘍で、その多くは予後不良な悪性の腫瘍です。原則的に脳の中に発生しますので、その治療には、脳を覆う頭蓋骨を開けての手術(開頭手術)が脳外科医によって行なわれます。脳腫瘍は全部で約130の種類があり、その発生場所や細胞の種類から、神経膠種、神経細胞性腫瘍、髄膜腫、下垂体腺腫などといったいくつかのグループに大別されますが、神経膠腫はその約1/3を占める頻度の高い腫瘍群です。神経膠腫は、その腫瘍を構成する腫瘍細胞と正常脳グリア細胞との類似性や未熟性などから、さらに多数の型に分類されます。
グリア細胞とは、神経細胞(ニューロン)とともに神経組織の実質を構成する細胞の名称で、数は神経細胞の約10倍とされています。グリアとはギリシア語で「生麩のような粘り気のある物質」のことで英語のglueやglutenと同じ語源を持ち、解剖学用語で神経膠[ラテン語:Neuroglia]の名で一括され、日本語では膠細胞とされます。グリア細胞は中枢神経(脳と脊髄)では、以下の4つの種類に分類されます。すなわち、1)星細胞(アストロサイト)、2) 乏突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)、3) 小膠細胞(ミクログリア)、4)上衣細胞に分けられます。腫瘍は、一般に由来細胞と考えられる細胞の名前に「腫」をつけて呼ばれます。したがって、星細胞の腫瘍は、「星細胞腫」、「退形成性星細胞腫」、「アストロサイトーマ」といった名称を持ちます。
神経膠腫は、胃癌のように他の臓器に転移することはほとんどありませんが、脳の中にしみ込むように拡がる悪性腫瘍であり、手術で全摘出することは一般に困難です。多くの場合、手術後に放射線治療や化学療法が行なわれ、治療法の選択は、病理診断による腫瘍の組織型に基づいて決定されます。現在の術後5年生存率(以下、5生率と略す)は、組織型と悪性度段階(グレードI〜IV)により異なり、最も悪性型の一つである膠芽腫(こうがしゅ,グレードIV)では10%以下、一方、小児に多い毛様細胞性星細胞腫(グレードI)では80%以上、となっています。
第2章 神経膠腫の原因
一般にがんは遺伝子の異常で発生します。しかし、多くの場合、親から受け継いだ持って生まれた遺伝子の異常でがんになるのではなく、生後の生活環境、生活習慣などの影響により自身の遺伝子(DNA)が傷つき、がん化すると考えられます。神経膠腫の大部分は家族歴を持たず、その発生と生活環境因子(職業、外傷、食事)との関連は認められていません。現在のところ、その発生原因は不明です。
最近の分子生物学的研究により、膠腫の発生と悪性化には、複数の遺伝子(細胞周期関連遺伝子、DNA修復関連遺伝子、増殖因子およびその受容体遺伝子、細胞分化・浸潤・接着に関与する遺伝子、血管新生に関与する遺伝子など)の異常が関与することが判明しました。膠腫で異常が多い遺伝子には、p53がん抑制遺伝子、PTENがん抑制遺伝子、上皮増殖因子受容体(EGFR)遺伝子などです。こうした遺伝子解析の結果は、特定の組織型腫瘍の治療法選択や予後の推定に役立てられています。
第3章 症状
神経膠腫による症状は、頭蓋内圧亢進症状(ずがいないあつこうしんしょうじょう)と局所症状の二つに大別されます。頭蓋内圧亢進症状は、1)頭痛、2)吐き気・嘔吐、3)うっ血乳頭の3徴候です。頭痛は、朝起床時に特に強いことが特徴とされます。局所症状は腫瘍の占拠部位による症状であり、片麻痺、言語障害、運動障害、視力障害などがおこります。
第4章 画像診断
上記の症状があり脳腫瘍が疑われる場合は、CT(コンピューター断層撮影)とMRI(核磁気共鳴像)検査が行なわれ、放射線診断医による神経放射線学的診断を受けます。さらに必要に応じて、診断や手術の参考データとして、脳血管造影などが行われます。
第5章 病理診断
画像診断で脳腫瘍と診断された際には、その腫瘍の最終診断となる病理診断のために、脳外科医が腫瘍組織を採取して、病理医がその組織を顕微鏡で調べます。脳腫瘍では手術中に採取組織の病理診断をつける、術中迅速(じゅつちゅうじんそく)診断が行なわれます。術中迅速診断は、腫瘍組織を急速凍結し、クリオスタットという機械(図1)を用いて凍結切片を作成し、染色後に顕微鏡で観察して行います。腫瘍組織の採取から15分程度で、病理医が術者の脳外科医に、院内電話等を通じて病理診断を報告します。脳腫瘍の術中迅速診断は、問題の病変が腫瘍か否か、腫瘍ならばその組織型とグレード、腫瘍の摘出範囲の決定、を目的としますが、脳腫瘍は他の部位の腫瘍と異なり、組織型が多いことや標本にartifact(人工物)が入りやすいことから、病理医の熟練を必要とし、腫瘍組織型の決定を永久標本まで待たなくてはならない場合もあります。
手術で摘出された腫瘍組織は、その大部分がホルマリンで1〜2日間固定された後パラフィンに包埋され、永久標本ブロックが作成されます。この永久標本を用いて、H-E(ヘマトキシリンーエオジン)染色を主体に、各種の細胞マーカーや増殖能マーカーを用いた免疫組織化学(免疫染色とも呼ばれる)を行って、最終の病理組織診断がなされます。病理診断の補助検査として、電子顕微鏡による検索や染色体・遺伝子の検索も必要に応じて適宜施行されます。
第6章 治療
神経膠腫の治療には、外科的手術療法を原則的に行ない、摘出組織量、腫瘍組織型とグレードによって、放射線治療と化学療法が追加されていきます。
第7章 各種神経膠腫の特徴
- 星細胞腫(astrocytoma)
星細胞腫は、腫瘍細胞の形態が星細胞(astrocyte)に類似する腫瘍群であり、原発性頭蓋内腫瘍の約20%を占めています。この腫瘍群に含まれる腫瘍には、低悪性度の毛様細胞性星細胞腫、上衣下巨細胞性星細胞腫、多形黄色星細胞腫、びまん性星細胞腫、および高悪性度の退形成性星細胞腫、膠芽腫などがあります。この群の腫瘍細胞は、免疫組織化学的に神経膠線維酸性蛋白(glial fibrillary acidic protein: GFAP)が陽性(図2)であり、電子顕微鏡では腫瘍細胞の細胞質に豊富なグリア細線維(図3)が認められます。
1) 毛様細胞性星細胞腫 (pilocytic astrocytoma)
毛髪様の細長い突起を持つ細胞が主体となる腫瘍で、小児の小脳、視神経、視床下部などに発生します。WHO分類でのグレードはIです。肉眼的に比較的境界の明瞭な腫瘍で、しばしば嚢胞(cyst)を伴い、cystの壁に腫瘍が見られることもあります。顕微鏡的には、異型の乏しい核を有する双極性の細胞が、充実性部分と水腫性部分から成る二相性の組織像を示しながら増殖し、好酸性顆粒状小体やローゼンタール線維と呼ばれるソーセージ状構造物がしばしば認められます。治療は手術摘出が基本で、摘出後の予後は良好です。
2) びまん性星細胞腫 (diffuse astrocytoma)
成人の大脳半球と小児の脳幹、小脳に好発する腫瘍で、境界不鮮明な灰白色充実性の腫瘤を形成します。WHO分類でのグレードはIIです。顕微鏡的には類円形の核、好酸性の細胞質と繊細な突起を有する腫瘍細胞がびまん性に増殖しています。腫瘍細胞の形態の特徴により、線維性(fibrillary)、原形質性 (protoplasmic)、肥胖細胞性 (ひはんせい,gemistocytic)の3つの組織亜型に分類されます。
3) 退形成性星細胞腫 (anaplastic astrocytoma)
星細胞腫に、退形成性変化が加わった腫瘍型で、WHO分類でのグレードはIIIです。退形成性変化とは、細胞密度の増加、細胞の多形性の出現、核分裂像の増加、間質の血管内皮細胞の増殖といった顕微鏡的に見られる変化を意味します。鑑別診断として、びまん性星細胞腫と後述する膠芽腫との区別が必要です。臨床的には悪性の性格がびまん性星細胞腫よりも強くなります。
4) 膠芽腫(glioblastoma)
膠芽腫は星細胞腫群で最も予後の悪い腫瘍型で(WHOグレード IV)、頭蓋内腫瘍の約10%を占め、多くは成人に発生します。肉眼的にも組織学的にも多彩な形態を示すために、多形膠芽腫 (glioblastoma multiforme)と呼ばれることもあります。好発部位は大脳半球で、前頭葉に最も発生しやすく、肉眼的には大脳白質に多彩な色調を持った柔らかい腫瘤を形成し、出血や壊死がしばしばみられ、cystを伴うこともあります(図4)。脳組織の中に腫瘍細胞が染み込むように入り込んでいく、浸潤性の増殖が著明です。顕微鏡的には細胞密度が高く、円形、多角形、紡錘形など様々な形態を示す細胞がみられ、腫瘍細胞の核には、クロマチンの増量、大小不同、多核、巨核があり、核分裂像も多数認められます(図5)。大小の壊死巣があり、壊死巣周囲の核の柵状配列は本腫瘍の特徴的構造です。血管の増加や血管内皮細胞の増殖も目立ちます。免疫組織化学的に、腫瘍細胞増殖マーカーであるMIB-1陽性細胞が多く、その標識率は平均18%と高値です(図6)。現在の標準的治療は、手術(可及的最大限の腫瘍摘出)+放射線治療(照射量60Gy)+化学療法(ニトロソウレア系を中心とする併用療法)ですが、予後は極めて不良で、術後2生率は約10%、5生率は3〜5%です。予後の改善を目指して、現在、一部の施設では、分子標的療法、免疫療法、重粒子線療法なども行われています。
最近、膠芽腫には一次性と二次性の2種類が存在することが判ってきました。一次性は初めから膠芽腫として発生する腫瘍で、二次性はより悪性度の低い星細胞腫から悪性化する腫瘍です。一次性は頻度が高く、高齢者におこり、経過が速い傾向にあります。遺伝子の研究により、一次性ではEGFR遺伝子の増幅がしばしば認められ、一方、二次性ではp53遺伝子の変異が高率にみられることが判明しました。
- 乏突起膠腫(oligodendroglioma)
突起の乏しい小型の細胞が増殖した腫瘍で、成人の大脳半球、特に前頭葉が好発部位です。肉眼的には、淡桃色の比較的境界明瞭な柔らかい腫瘍で、しばしば石灰沈着を伴います。顕微鏡的に、腫瘍細胞は均一な円形の核と明るい細胞質を有し、細胞の輪郭は類円形ないし多角形で、細胞は敷石状に密に配列します。核の周囲が明るく抜けて見える像は、乏突起膠腫に特徴的な所見で、蜂の巣構造ないし目玉焼き像と呼ばれます(図7)。免疫組織化学的には、OLIG2という乏突起膠細胞の細胞マーカーが陽性となります。この腫瘍では、マイクロサテライト法やFISH法といった遺伝子・染色体検査方法によって、染色体の1番短腕と19番長腕の欠失が認められます。この腫瘍には、手術による腫瘍摘出とPCV療法などの化学療法が行われ、現在の5生率は65%程度です。
腫瘍細胞に退形成性変化が加わったものが退形成性乏突起膠腫 (anaplastic oligodendroglioma)です。この腫瘍は、WHO グレード IIIで、5生率は約40%です。
乏突起膠腫と星細胞腫が同じ腫瘍内に混在する腫瘍は、乏突起膠星細胞腫(oligoastrocytoma)と呼ばれます。2つの腫瘍細胞成分はそれぞれが領域を作っていることもありますが、多くは、細胞単位で両細胞が混在しています。上述のように乏突起膠腫にはPCV化学療法が有効であり、顕微鏡的検査および遺伝子・染色体検査によって乏突起膠腫の成分を見いだすことは重要です。
- 上衣腫(ependymoma)
脳の内部にある脳室を覆っている上衣細胞から発生する腫瘍で、頭蓋内腫瘍の1%程度の頻度を持ちます。小児に多く、第4脳室と脊髄下端部が好発部位です。脳室内に突出する腫瘤を形成し、水頭症の原因となることもあります。顕微鏡的には、類円形核と境界の不明瞭な弱好酸性の細胞質を有する細胞がびまん性に増殖し、血管周囲性偽ロゼットや上衣ロゼット(図8)が見られます。組織学的亜型および類縁腫瘍として、乳頭状上衣腫、明細胞上衣腫、伸長上衣腫、上衣下腫、粘液乳頭状上衣腫などがありますが、いずれも稀です。退形成性上衣腫(anaplastic ependymoma)は、組織学的に退形成性を認める腫瘍で、予後不良です(5生率=25%程度)。
- 脈絡叢乳頭腫 (choroids plexus papilloma)
小児の側脳室と成人の第4脳室に好発する稀な腫瘍です。顕微鏡的に立方状上皮の形態をとる腫瘍細胞が乳頭状に増殖し、脈絡叢(みゃくらくそう。脳室の中にあり、脳脊髄液を産生しています)の構造に似ています。免疫染色では、S-100蛋白、サイトケラチン、トランスサイレチンなどが陽性です。本腫瘍の悪性型は、脈絡叢癌 (choroids plexus carcinoma)と呼ばれ、小児で稀に認められます。
- 髄芽腫(medulloblastoma)
髄芽腫は、小脳に発生する、未分化な腫瘍細胞から構成される悪性度の高い(WHO grade IV)腫瘍で、頭蓋内腫瘍の1~5%、小児脳腫瘍の13~20%を占めます。多くは、5〜14才の小児に発生し、小脳、特に虫部(ちゅうぶ。小脳の中央部)が好発部です(図9)。その治療には手術、放射線・化学療法が行なわれますが、脳脊髄液を介して脊髄などに転移しやすく、現在の5生率はおおむね60%程度です。
病理組織学的に、細胞密度が極めて高い腫瘍で、しばしば偽ロゼット(Homer Wright rosette)という特徴的な細胞配列が認められます(図10)。腫瘍細胞は切り株形、人参形を呈し、クロマチンの豊富な類円形核と極めて狭い細胞質を有し、多数の核分裂像がみられます。腫瘍細胞にはアポトーシスもしばしば出現しています。免疫組織化学では、神経細胞マーカー(シナプトフィジン、ニューロフィラメント蛋白)が陽性で、まれにGFAPも陽性です。MIB-1標識率も20%以上と高値で、腫瘍細胞の増殖が速いことを示しています。染色体17番の異常やMYC遺伝子の増幅がしばしばみられます。
髄芽腫と同様の未分化腫瘍細胞を含む小児の高悪性度脳腫瘍として、テント上原始神経外胚葉性腫瘍supratentorial primitive neuroectodermal tumor(sPNET)とatypical teratoid/rhabdoid tumor (AT/RT)があります。いずれも稀な腫瘍で、AT/RTは小児脳腫瘍の1.5%程度ですが、この両者の腫瘍の予後は、髄芽腫に比べて著しく不良であり、病理学的な鑑別が重要となります。
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